森精肉店は創業35年以上の歴史を持ち、皇室への献上や日本有数の寺社仏閣への奉納など、日本の食肉文化にも深く関わる精肉店です。食肉技能士に認定されている森 栄二さんは、丁寧な食肉技術の指導などを国際的に展開し、精力的に日本独自の技術を世界に伝えています。おいしいお肉への想いはどこから来るのでしょうか。
株式会社 森精肉店の代表取締役社長であり、食肉技能士でもある森 栄二(もり えいじ)さん。食肉技能士とはそもそもどのようなお仕事なのでしょうか。
「私は三重県の生まれで、こどもの頃からおいしいものを食べるのが大好きでした。二十歳の頃に牛肉から、豚肉、鶏肉までを扱う精肉の卸問屋に丁稚として奉公させてもらったのです。そこで解体から食肉への整形、内臓処理にいたるまで、精肉に関する基礎をしっかりと修行することができました。そして、枝肉市場でのセリや小売り、営業まで経験し、おいしいお肉を安全にお客様のもとまで届けるために必要な知識と技術を得ました。いまは業務の効率化や労働環境の変化もあって、精肉業界でも一連の仕事を覚えるのはなかなか難しい時代です。自分の扱っているお肉がどのように育ち、お客様に届くのか。食肉に関するすべてのプロセスに責任を持つことができる資格が食肉技能士という存在です」
和牛の世界的なブームや鹿、猪などのジビエ料理の人気など、食肉はグルメ、栄養、環境など、さまざまな角度から注目を集める食材です。食肉技能士としてどのようなお肉を食べてほしいと思いますか?
「まず、おいしいお肉というのはストレスの少ない環境で愛情を注いで育てられていることが大切です。牛なら夏は涼しい山で新鮮な草を食べ、秋冬は稲藁を食べて脂をしっかりと蓄える。鶏なら広い場所でのびのびと暮らし、ミミズなどのタンパク質や良質な穀物を食べて育つ。そういうお肉を食べていただきたいと思っています。自然環境で育てられていることが重要という意味では、野生の動物も当然おいしい。森を駆け回り、ドングリなどを食べながら育った猪などもとても旨いです。ジビエなどで鹿や猪を食べるときに少し癖のある匂いや味を感じるのは、絞め方や処理によるものです。これは動物だけでなく魚でも同じです。命をいただく際に、できるだけストレスをかけないことはとても大切です。昔はどんな街にもお肉屋さんがあって、余すことなく素材を活かしていました。今は効率を求める結果、かえって無駄が出ていることも多い。味、栄養、持続可能性のすべての方向から見直すべき部分はあると思います」
森精肉店では牛だけでなく、鶏や豚も扱っています。他の精肉店との違いを教えていただけますか?
「肥育から加工まで、質の高さを管理するためにカナダの指定農場と契約しました。私は食材を仕入れる際には必ず生産者の元を訪れ、実際に育てている人と言葉を交わしてから仕入れています。そして肉を手で触り、色合いなども見極めながら精肉し、自信を持って“旨い肉”だと思えるものだけをお客様にお届けしています。それは皇室であっても地元のお客様への販売でも違いはありません。さらに、スタッフにもできるだけすべてのプロセスを伝え、“おいしいお肉とは何か”ということを五感で感じてもらうように指導しています。ちなみに、牛肉は松阪牛と若狭牛の未経産(出産経験の無い)の雌牛をメインに扱っています。融点が低く肉質が柔らかいので、どんな方にもおいしく食べていただけます。豚は『大地のハーブ豚』と独自に調合したパンを主原料にした飼料で育った『神戸ポークプレミアム』、鶏は『名古屋コーチン』と『大地のハーブ鶏』を主に取り扱っています。しかし、決してブランドや産地で取り扱っているわけではありません。本当においしいお肉を探し求めて辿り着いた結果、このお肉を扱うことになったというだけのことなのです」
今、日本だけでなく世界のさまざまなステージでも活躍されています。その原動力はどこから来るのでしょうか。
「おいしいものを食べてほしいという想いに国境は関係ありません。さらに、日本の精肉技術は世界に誇るものです。正しい食肉の見分け方や食肉処理の技術を世界に広げていくことで、“おいしい”という笑顔が広がるなら本望です。さらに近年では日本産のハラール牛やコーシャ牛を世界に普及することにも力を入れています。ハラールはイスラム法で『許されたもの』を意味する言葉で、コーシャはユダヤ教の食事に関する規定で『適正な』という意味です。どちらも厳しい戒律に基づいて精肉しなければならず、この正しい方法を知っている日本人はわずかです。それでも私は、おいしいお肉を食べていただきたい。その想いは変わらないのです。ですから可能な限り自分でアジアやヨーロッパなど、世界各地に出向いて日本の食肉技術を伝えています。国境を越えて次世代に受け継がれていくことが私の願いです。また現地へ行くと、教えるだけでなく知らないことをたくさん教えてもらいます。大概のお肉は世界一の自信がありますが、生ハムだけはイタリアにかないませんね(笑)。食を通じたコミュニケーションは、私の宝物です」
森さんはさまざまな肩書きを持っていますが、自身も料理人であると聞いて驚きました。アレルギーを持ったお孫さんのためにゼロからコロッケを開発し、東京都港区新橋にあるハートリボン協会に毎月200個ほど寄付を続けています。和牛を使ったコロッケはラードで揚げ、ポテトコロッケはサラダ油で揚げるというこだわりようで「昔はこれが普通だった。だからお肉屋さんのコロッケはおいしい」と、屈託なく笑います。お肉屋さんやお魚屋さんといった専門店が街から消え、生産者と消費者が分断されつつある今、食との向き合い方は原点回帰を求めているようにも感じます。食は誰もが楽しめる究極のエンターテインメント。「人を良くすると書いて『食』でしょ? おいしくて体に良いものを食べれば、社会はもっと良くなりますよ」という森さんの言葉は、シンプルですが食に携わる人間の本質を突いています。実際に食べたベーコンは脂が口の中でサッと溶けて肉の旨味がしっかりと感じられました。「これは大切な人に食べさせたい!」と、家族や友人の顔が浮かびます。それは、とても豊かな気持ちになる体験でした。
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