ビールの新しいカテゴリーとして定着してきたクラフトビール。最近では居酒屋やスーパーでも見かけるようになりました。国内外のブリュワリーによる個性的なブランドストーリーやバラエティ豊かな味わいに魅了され、クラフトビールフリークも増えてきています。2021年2月、ひときわユニークなブランドとして誕生したのが「FARCRY BREWING(ファークライ ブルーイング)」。群馬県桐生市から世界を目指す、アバンギャルド(前衛的)なクラフトビールブランドです。
日本でクラフトビールが生まれるようになったきっかけは、1994年の酒税法の改正でした。それまでは年間で2000キロリットルという最低製造数量が定められており、ビールは大企業でなければ製造することができませんでした。しかし、最低製造数量が年間60キロリットルまで引き下げられたことで、比較的小規模な醸造所でもビールを造ることが可能になりました。これによって「美味しいビールを造りたい!」という情熱を持った職人によるマイクロブリュワリー(小規模なビール醸造所)が次々と誕生しました。既成概念にとらわれない新しい味わいに出会ったり、個性豊かなブランドを見つけたりと、クラフトビールにはこれまでのビールにはなかった楽しみがあり、現在のブームへと繋がります。クラフトビールを製造する醸造所の数も2019年4月時点では381社(※1)と2016年と比べると約1.5倍に増えており、若者のビール離れなど市場が縮小するなかでも急速に成長を続けています。
※1日本ビアジャーナリスト協会調べ (参考)
https://www.kirin.co.jp/company/news/2019/0827_01.html
インディペンデントな気風の強いクラフトビールカルチャーのなかで、2021年にひときわ強烈な個性を放つブランドが誕生しました。群馬県桐生市で立ち上がった「FARCRY BREWING」は、ヘッドブルワー阿久澤 健志(あくざわ たけし)さんによる麹を使ったアプローチが特徴。日本酒や醤油、味噌などに使われる日本古来の技術を取り入れることで、独自の世界観を確立しています。
レギュラービールは3種類の醸造からスタート。いずれもかすかな栗のような香りと、スッキリとした酸味が特徴です。白ビールの「ALI WEISS(アリ ヴァイス)」は、バナナのようなフルーティな香りがフレッシュな印象を与えます。白麹を使ったエールビール「KIRYU YOU(キリュウ ユー)」は、アルコール8度とは思えない軽さがクセになります。そして王道の風格を感じさせる「FARCRY LAGER(ファークライ ラガー)」はすっきりと澄んだ透明感が魅力です。桐生の豊かな湧水と発酵技術を組み合わせることで、グローバルマーケットへの展開を目指します。
もともと有機合成という科学の基礎研究を仕事にしていた阿久澤さん。日本にいた頃はビールが苦手だったといいます。ビール造りに興味を持ったきっかけは、ホームステイ先のイギリスで出会ったパブ文化。ハンドポンプで出されたリアルエールのビールを飲んで「色は美しく、香りは豊かで、いままで飲んでいたビールとはまったく違う芳醇な味わいに感動しました」と、当時の衝撃を話します。帰国後、ビールを造りたいという想いから静岡県伊豆地方の韮山にある「反射炉ビア」に参画。ほぼ独学で試行錯誤を繰り返しながら、ひたすら美味しいビールを求めてクオリティを高めてきました。
伊豆をベースに「美味しいビールとはなんなのか」という本質的な問いを模索していくなか、田方平野の田園風景を眺めながら、ふと「地元の原料である米を使えないか」と思い立ちます。これが米麹を取り入れたビール醸造をはじめるきっかけになりました。「麹は古くから私たち日本人の暮らしに大きく関わってきた素材です。ビールに麹を使うことは日本人としてのビール造りの原点になるのではないかと思いました」と、当時のひらめきを振り返ります。
お酒を造る免許には区分があり、当時在籍していた醸造所では麹を使ったお酒造りができませんでした。麹を使ったビール造りを諦められなかった阿久澤さんは、麹の発酵について学ぶため日本酒の蔵元に移って修行をはじめます。独学で学んだビールの醸造技術に蔵元で学んだ発酵技術を組み合わせ、自らのアイデンティティに挑み続けます。いまでは麹を使ったビール醸造の第一人者として知られるようになりました。そんな折に「発酵デザイナー」として知られる小倉ヒラクさんとの縁がきっかけで、FARCRY BREWINGの代表を務める小林 宏明さんと出会います。「ちょうどビール造りのパートナーを探していたとき、小倉ヒラクさんに相談したところ、僕のイメージに合いそうな面白いブルワーがいるということで紹介して頂きました。すぐに静岡まで会いに行き、自分のイメージするビールの話をした瞬間にしっくりきましたね」と、小林さんは当時を振り返りながら嬉しそうに話します。
FARCRY BREWINGは、桐生にある旅をコンセプトにしたアウトドアセレクトショップ「Purveyors(パーヴェイヤーズ)」の店舗内で運営されています。こちらも小林さんが代表を務めており、独自の視点で集められたアイテムを求めて全国からアウトドアフリークが集まります。テントやカヤックが並ぶ店内は古い鉄工所を改装したもの。1階にビールの醸造所とカフェレストラン、屋上にウッドデッキとアウトドアバーが設けられています。デッキでくつろぎながらグラスを傾けていると、知らない土地を旅しているような気分に浸れます。
「FARCRY」というネーミングは、Stranger Facesいうアーティストの曲名からの造語。「遠く離れた誰かを思う気持ちや、未だ見ぬ土地に対する憧れや不安、故郷への複雑な想いなどを表現していて、僕が旅をしているときの気持ちに近いなと思って使わせてもらいました」と小林さんはブランド名の由来について話します。旅先では、まずその土地のクラフトビールを飲むという小林さんらしいエピソードです。
現在シーズナルビールのプロジェクトも進行中のFARCRY BREWING。「今後は全国各地の蔵元さんから麹を分けてもらえないかと考えています。日本酒と同じ麹を使ったコラボレーションビールなど、日本の伝統文化を付加することで独創性のあるビールを世界に届けたいです」と、展望について考える阿久澤さん。
筆者が最初にクラフトビールの凄さを実感したのは、取材で訪れたメルボルンでのこと。ふらりと立ち寄った「The Palace Hotel」というパブは、数日おきに地元のクラフトビールをドラフト(生)で仕入れていました。閑静な住宅街の一角にあったそのパブは「Pub Awards 2016」のPub of the Yearに選ばれた名店で、ローカルビールを世界に発信する存在でした。小さな街で作られるクラフトビールにも世界中にファンがいることを知り、クラフトビールカルチャーの勢いに圧倒されたのを覚えています。
旅とアウトドアというバックボーンを持ち、麹や発酵という日本の伝統文化を取り入れたFARCRY BREWING。世界のクラフトビールフリークにどのようなインパクトを与えるのか、今後の展開が楽しみです。
〒376-0035 群馬県桐生市仲町2-11-4(Purveyors内)
営業日:水〜日(10:00〜22:00)
休業日:月・火(祝日の場合は翌平日)
TEL.0277-32-3446
https://farcry-brewing.com/