夜の街と人を愛する男の優しい眼差し
上出優之利「888前夜」
夜の街と人を愛する男の優しい眼差し
上出優之利「888前夜」

マスク姿で歩く姿が新しい生活様式になり、街から活気が消え失せた2020年のクリスマス・イヴ。その日、東京都の新型コロナウイルス感染症の感染者数は一日で888人を記録しました。写真家、上出 優之利(かみで まさのり)さんの写真集「888前夜」は、まだ夜の喧噪を誰もが自由に謳歌できた日常を鮮烈に、そしてどこか優しい眼差しで記録しています。

新しい時代のゆりかご「TSUBAKI HOUSE」

写真集『モノクロのブルース』で 2017 年土門拳文化賞奨励賞を受賞した上出 優之利さん。大阪から18歳で上京し、新宿周辺を根城にプロのミュージシャンを目指していました。当時、上出さんがDJとして出入りしていたのが、テアトル新宿ビルの5Fにあった「TSUBAKI HOUSE」。坂本龍一やキース・へリングなど時代の寵児が出入りし、最先端のファッションやニューウェーブなど、当時のカルチャーを育むゆりかごのような場所でした。

転機は東日本大震災

DJから写真家に転向したのは2011年。3月11日の東日本大震災が契機となりました。それまで当たり前にあった日常が、一夜にして消え去り「なくなった日常は取り戻せない」と、夜の街を記録しはじめます。「深夜の繁華街って、やっぱり刺激的なんです。昼間はどこにいるのか、面白い人たちが集まってきて、あちこちでなにかが起きている。でも、こんな当たり前の日常も津波が来たら二度と取り戻せない。そう思うと怖いお兄さんも怪しい外国人もなんだか無性に愛おしく思えて、彼らの生きた痕跡を残したいという衝動に駆られたんです」と、上出さんは当時を振り返ります。

写真家・秋山武雄に師事

撮影活動と向き合うなか、「自分の思い描く写真を撮るために、やっぱりちゃんと勉強したい」と感じた上出さんは、写真家の秋山武雄さんに弟子入りします。秋山さんは洋食店「一新亭」を営むかたわら、戦後から下町を撮り続けた写真家です。師匠の被写体に対する距離感、温かくもジャーナリスティックな作風に触れるうちに、どんどん写真の世界にのめり込んだといいます。自身のフィールドであるディスコやクラブ、歌舞伎町の人々など、いわゆる“夜の住人”を記録した「モノクロのブルース」で「土門拳文化賞奨励賞」を受賞。2017年、上出さんが50歳を超えてからのことです。間もなく独立し、プロのカメラマンとしての道を本格的に歩み始めます。

TOKYOの夜を記録した「888前夜」

職業カメラマンとしての仕事をこなしながら、夜は自転車で新宿周辺の“パトロール”を続けます。クラブで踊るポールダンサーの何気ない表情や、花園神社の屋台で親の仕事を見つめる子供、独特の喧噪をマクロな視点で切り取ります。写真家になって10年、コロナ禍に見舞われたTOKYOは閑散とし、ささやかな営みが消え去る光景に胸を痛めました。「どの写真もマスク姿が当たり前になり、ファインダー越しの世界はすっかり変わってしまった」と、上出さんは感じました。「もしかしたら時代の大きな節目にいるのかもしれない」という想いから、時代の節目として「888前夜」にこれまでの作品をまとめたのです。

摺師の名工によるジークレープリント

写真集「888前夜」の発売を記念して、渋谷駅至近の「Flying Books」で写真展が開催されていました。展示の目玉となるのが、現代の摺師(すりし)とも言われる河原正弘さんによるコットンペーパーを使用した「ジークレー プリント」。ジークレー(Giclee)とはフランス語で「(インクの)吹き付け」を意味しており、粗い粒子が見せる独特の風合いが魅力です。
河原さんとの取り組みについて伺うと「自分の作品が生まれ変わったような感動を覚えましたね。デジタル写真からはじめた僕としては、プリントされてやっと作品になったという気がしました。ただ、印刷とはいっても誰もが再現できるものじゃない。やっぱりこれはもう、河原さんの作品ですね」と話します。Kaikai Kikiのアート作品などを手がける河原さんとのコラボレーションは、記録写真と印刷技術の可能性を探る試みといえます。

なぜモノクロにこだわるのか

上出さんの作品がモノクロである理由を伺いました。
「夜の街って暗いから、鮮やかなネオンや街灯が雰囲気を作っています。その場にいれば鮮やかで強い光は演出になりますが、写真になるとその光が写真の対象をぼかしてしまうんです。もちろん、その光を活かした作品もあると思いますが、自分がフォーカスしたいのは、あくまで“人の営み”です。だから僕の作品はモノクロで、本当に見せたいもの、見てほしいものを切り出したいと思っています」

世界観を体現するイベントの数々

2021年4月23日、出版を記念して様々なイベントが企画されました。「僕を育んでくれた夜の街、あの頃の熱狂的なエネルギーを少しでも体感して欲しい」との想いで開催されたクラブイベントやオンライントークショーには、「s-ken」「松田高志」「ビリー北村」「DJ MIKU a.k.a DeepPops」などのそうそうたるメンツが集結。3度目の緊急事態宣言が発出される直前とあって、開催時間や感染対策が徹底的に施されたものでしたが、「888前夜」の世界観を充分に感じさせるものでした。今後は『上出優之利写真展「888前夜」』として、2021年5月10日(月)~6月4日(金)まで「公益社団法人日本外国特派員協会(電話:03-3211-3161 住所:東京都千代田区丸の内3-2-3 二重橋ビル5階)」での特別写真展へと巡回します。再び世界が分断されてしまったいま、日本のカルチャーを世界に伝える試みとなりそうです。

写真が切り取る“瞬間のリアリズム”

新型コロナウィルスの蔓延によって再び世界が分断されてしまったいま、私たちの暮らしは非日常のような感覚に陥ることがあります。それでも私たちの暮らしは時代の変化に対応しながらも、日々、ささやかな幸せや楽しみをみつけていく。上出さんの作品をみていると、どんな人生や暮らしであっても、その瞬間の積み重ねでしかないのだと、あらためて気づかされます。美しいジークレープリントにちりばめられた“瞬間”が持つリアリズムには、自分の暮らしを愛おしく思える不思議な魅力がありました。

Photo:Yosuke TATSUMI

上出優之利プロフィール

大阪府出身。1980 年代より DJ / ミュージシャンとして 30 年間活動。2011 年の震災を機に、写真家に転向、 ストリート・スナップからポートレイトまで、人物を主な被写体として活動中。福生の伝説的ディスコや、 歌舞伎町のポールダンサーたちなど、コミュニティを内側から捉えるスタイルも好評を博し、写真集『モ ノクロのブルース』で 2017 年土門拳文化賞奨励賞を受賞。2021年『888前夜』(株式会社HEG)を上梓。

OFFICIAL SITE: www.masanorikamide.com

上出優之利「888前夜」

書名:888 前夜
著者:上出優之利
監修:山路和広 (Flying Books)
デザイン:星野貴幸 (hoshino design office)
仕様:並製/A4変形/本文160頁+表周り
定価:2,750 円(税込)
発売:2021年4月
発行:株式会社 HEG
ISBN:978-909987-00-6

写真家・上出優之利の写真集『888 前夜』は、下記URLからお求め頂けます。
https://www.mocmmxw.com/buy/new-888zenya/

河原正弘さんによる「ジークレー プリント」

現代の摺師(すりし)河原正弘さんによるコットンペーパーを使用した「ジークレー プリント」は、下記URLからお求め頂けます。

サイン、エンボス、エディション入り全23種
エディション:edition 1〜5
サイズ(mm):181×231〜574×400
価格送料込: 17,600 円(税込)〜79,200 円(税込)
*お届けに2週間ほど必要な商品となります。
*エディションは購入順番ですのでお選び頂けません。
予めご了承いただきますようお願い申し上げます。

https://www.mocmmxw.com/buy/new-888-geclee-prints/

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