故郷のような寛ぎ SHONAI HOTEL SUIDEN TERRASSE

田んぼに浮かぶホテル「スイデンテラス」で晴耕雨読のひとときを過ごす。どこまでも続く田園風景、自然と繋がる心地よい空間。それはまるで故郷にいるような懐かしさを感じさせてくれます。「地域」「空間」「食」「本」「農」「癒」といったキーワードを辿りながら、穏やかな時を過ごすことができるコミュニティホテルをご紹介します。

田園に生まれた「鶴岡サイエンスパーク」

羽田空港から1時間ほどで到着する山形県の庄内平野。出羽三山を望む雄大な自然と最上川の豊かな水流に恵まれた日本有数の穀倉地帯です。庄内空港から車で20分ほどの場所に、世界で最先端のバイオベンチャーを育てる「鶴岡サイエンスパーク」があります。2001年に「慶應義塾大学先端生命科学研究所」が開設されたことで世界中から注目を集めたこの場所は、数々の実績を残しているバイオテクノロジーのパイオニアです。その領域は医療、繊維、農業など多岐にわたり、いずれもバイオテックのベンチャー企業として大きく成長。その勢いと足並みを揃えるように、鶴岡サイエンスパークも成長を続けています。

街をつくる企業「ヤマガタデザイン」

今回ご紹介する「SHONAI HOTEL SUIDEN TERRASSE（ショウナイホテルスイデンテラス）」は、この「鶴岡サイエンスパーク」内にあります。企画から運営までを担当するのが、「ヤマガタデザイン株式会社」。代表の山中大介（やまなかだいすけ）さんは、友人の父親が「慶應義塾大学先端生命科学研究所」の所長だった縁でこの場所を訪れます。バイオサイエンスとこの街の未来に可能性を感じ、街づくりと地域おこしを中心とした地域の需要に応えるかたちで2014年に同社を設立。都市開発などの経験を活かし、現在は「観光」「教育」「人材」「農業」を軸にさまざまな事業を展開しています。スイデンテラスも地域課題を複合的に解決するホテル事業として、2018年9月にグランドオープンしました。

自然との一体感を感じる建築

大きな水田が広がり、そこに浮かぶように建つスイデンテラス。周囲の景観に馴染みながらも独特の存在感を放っています。設計は紙管やコンテナなどの素材を活用した建築で知られる坂茂（ばんしげる）。三角形の骨組みで構成された構造が屋根を支える「トラス構造」によって、共用棟は柱のない風通しの良い空間が広がります。共用棟を中心に「田の字」に配置された3つの客室棟には、それぞれ「HAGUROSAN（羽黒山）」「GASSAN（月山）」「YUDONOSAN（湯殿山）」と、出羽三山の名前が付けられています。全119室の客室は、気ままなひとり旅やワーケーションでの長期滞在におすすめのシングルルーム、カップルや家族がゆったり過ごせるツインやトリプル、三世代での滞在などに最適なメゾネットなど、豊富なバリエーションが用意されています。いずれも余分なものを削ぎ落としたミニマルな空間で、木の香りと柔らかな光が印象的です。

知的好奇心を刺激するライブラリー

「晴耕雨読の時を過ごす田んぼに浮かぶホテル」がコンセプトとあって、晴れの日はレンタサイクルなどを活用して周辺のアクティビティを満喫するのがおすすめです。しかし、このホテルの最大の特徴はなんと言っても合計で約2,000冊の蔵書を誇るライブラリー。ブックディレクターとして活躍している「BACH（バッハ）」の幅允孝（はばよしたか）さんによるセレクトは、雨でなくともつい手が伸びてしまいます。共用棟の約1,000冊は「自然や生き物」「世界を見渡す」「日本と山形」など、わたしたちの世界を取り巻く10のテーマが設定されています。一方、宿泊者専用のG棟1Fにあるライブラリーでは、お酒を片手に、湯上がりにお部屋で、じっくり耽りたくなる7つのテーマが用意されています。客室やバーなど、施設内のどこで読んでも良いというのも、読書好きにはたまりません。知的好奇心の“道しるべ”のように、ライブラリーの随所に本編から抜き出されたひとことが飾られ、ハッとさせられます。

極上のサウナに癒される

そして特筆すべきはスパエリア。こちらも坂茂による設計で、天然温泉の内湯と露天風呂に加え、ジムやサウナも備わっています。ジムでは水田を眺めながら汗が流せるので、長期滞在のリフレッシュにも嬉しい設備です。フィンランド式サウナのセルフロウリュができるサウナでは、時間と共に移ろう景色を眺めることができます。水風呂に浸かったら、そのまま露天風呂の外気浴スペースで虫や蛙の声に耳を澄ませながら感覚に身を任せます。サウナーでなくとも整う気持ち良さで、2021年の「SAUNACHELIN（サウナシュラン）」で6位に輝いたのもうなずけます。お風呂上がりには「SAKE BAR」か「SAKE LOUNGE」で一杯やりながら読書に耽る。ゆったりとした“ショウナイ時間”に癒されます。

庄内平野の恵みをいただく

オールデイダイニング「MOON TERRASSE」では、雄大な自然の循環を感じさせる豊かな庄内地方の恵みをいただくことができます。メインを選べるプレフィックスで、前菜は好きなものを選べるビュッフェスタイルと自由度の高いコースが特徴。さらにその日に採れた厳選素材から好きな食材を選んでアラカルトで追加することもできます。料理長の佐藤義高（さとうよしたか）さんにお話を伺いました。

「東京の大規模ホテルで10年ほどフレンチの修行をし、その後イタリアンレストランを立ち上げました。もともとこの場所に帰ってくるつもりで上京し、戻ってきたのが3年ほど前になります。鶴岡市は日本で初めて『ユネスコ食文化創造都市』に認定されるほど豊かな食文化があり、子供の頃から美味しいものを食べて実感していました。スイデンテラスではお客様ご自身でコースを組み立てていただく独特のプレゼンテーションに挑戦しています。わたしたちの自社農園で育てた野菜や山形庄内ならではの旬の食材をマルシェのように並べて、素材を見ながらその場で料理を選べるレストランがやりたかったんです。朝食にもお出ししている漬物など、美味しい郷土料理を食べて、故郷に帰ってきたような温かい気持ちになっていただけたら嬉しいですね。今後は農業体験だけでなく、地元の人だけが知る穴場での釣り体験など、自然のダイナミズムを感じていただける食体験をもっと広めていきたいと思います」

屋根のある遊び場「SORAI」

スイデンテラスには「KIDS DOME SORAI (キッズドームソライ)」が隣接しています。スイデンテラスと同じくヤマガタデザインが運営する全天候型の児童教育施設で、巨大な屋内型遊戯施設「アソビバ」と、アートやものづくりができるアトリエ「ツクルバ」を自由に行き来できる仕組みがユニークです。遊ぶことと創ることが表裏一体となり、夢中になって心と身体を育む。元気な子供はもちろん、あらゆる子供のために開かれた「SORAI SCHOOL」なども設立し、スイデンテラスの料理長である佐藤さんも講師としてこの取り組みに参加しています。子供たちにとって旅先での雨は退屈なものですが、近くにこんな遊び場があれば心ゆくまで発散することができそうです。地域が一体となって誰もが充実した時間を過ごすことができる。まさに「晴耕雨読」を体現した旅になりそうです。

未来の原風景を残す

「最近では館内で朝、PCを開いている方が思いのほか多く、リゾートホテルという枠を越えて“ワーケーション”という新たなライフスタイルが生まれていると実感します」と話すのは、総支配人の中弥生（なかやよい）さん。

「ワーケーションという旅のスタイルの登場は都内からのお客様だけではなく、地元の方にとっての滞在の選択肢にもなりました。当館は約半数は関東からのお客さまですが、県内のお客さまも増えてきました。泊まらなくても、食事をしたり本を読んだり、スパで汗を流したり。そうした時間を楽しむことは暮らしの一部だと思うんです。日常と地続きでありながら、それでいて非日常を味わえる空間がコミュニティホテルです。なかには、1ヵ月ほど滞在しながらここでお仕事をされるお客様もいらっしゃいます。働くのに最適な場所を求めて移動するのは、新しい旅のスタイルとして定着しそうです。外国の方も地元の方も、いろんな人がこの場所で繋がり、伝統や文化とも繋がる。そのためには、この場所に新しいものばかりを開発してしまうのではなく、この場所にある魅力を整えるような気持ちが大切だと思っています。地域に溶け込みながら、学び、進化していく。そうして、いろいろな人が繋がった風景をホテルとして未来に残せたら良いですね」

風が止むのを待つのではなく

スイデンテラスはコロナ禍の一定の期間休憩し、オペレーションや設備などを見直したそうです。それを中さんは「風が止むのを待つのではなく、より良くするチャンスと考えた」と話していました。利益のためだけに経営効率の最大化を目指すのではなく、地域社会の課題を解決するためにも機能するホテル。その精神が、坂茂の優しい建築やスタッフの落ち着いた雰囲気と重なり、飾り気のない心地良さを生んでいるように感じます。サウナに入り、気になった本を持って部屋に戻って、のんびり過ごす。佐藤料理長の「ゆっくりして、美味しいもの食べて、元気になって帰る。それって実家みたいな場所ですよね」という言葉が胸に響きました。酷暑の都会を離れて、夏休みの帰省気分で出掛けてみてはいかがでしょうか。