“正直なデザイン”で新しい豊かさを描く
芦沢 啓治
BELLUSTAR Penthouse
“正直なデザイン”で新しい豊かさを描く
芦沢 啓治
BELLUSTAR Penthouse

2023年4月に開業した「東急歌舞伎町タワー」は、エンターテインメントに特化した国内最大級の複合施設として話題を集めています。その最上部に展開する「BELLUSTAR TOKYO, A Pan Pacific Hotel」には、地上の喧噪から隔絶された静謐な空間が広がっています。「天空のプライベートヴィラ」をコンセプトにした最上層のペントハウスは、日本の美意識を象徴しているような空間でした。ペントハウスを含む3フロアの設計とデザインを手がけた芦沢 啓治さんに、建築家の視点からみた“豊かさの新しい時代”についてお話をうかがいました。

建築家として求められたこと

2023年5月に開業した「BELLUSTAR TOKYO, A Pan Pacific Hotel」の最上層にあたる45〜47階の3フロアは非常に特徴的な空間です。芦沢 啓治(あしざわ けいじ)さんがインテリアデザインを担当されたわけですが、最初にこのプロジェクトを聞いたときはどのような印象だったのでしょうか。

「最初にプロジェクトの話を聞いたのは2018年の年末だったと思います。オフィスはいれずに、コンセプトの異なる2つのホテルブランドとあらゆるエンターテインメントが入る複合的な超高層ビルになると聞いていました。歌舞伎町のカオティック(混沌とした)で多面的な魅力を表現できれば、インバウンドのみならず国内のゲストにとってもインパクトのある場所になると思いました。

当初は上層階の3フロアのインテリアデザインを提案するという話だったのですが、これだけの規模の建築物ですから内部構造も大きく影響してきます。最初の一年はデザインの提案と並行して、空間構成の設計に多くのリソースを割きました。結果的に最初のプランからはだいぶ変更を加えることになりましたが、この空間とデザインは建築事務所だから導き出せたものだと思っています」

空間でブランドを表現するためのチーム

その後、世界的なパンデミックに見舞われたわけですが、オフィスフロアを作らないというコンセプトは初志貫徹されたのですね。プロジェクトを進めるにあたって困難だったことや、印象的なエピソードはありましたか?

「スケジュールの遅延や建設費の高騰による影響など、さまざまな調整は必要になりましたが、それは建築という仕事にはつきものです。それよりも『BELLUSTAR TOKYO』という新しいブランドの本質を表現することは、チャレンジングでやりがいのあるプロセスでした。表層的なデザインだけではゲストに見透かされてしまうので、細部まで根拠を持ってデザインする必要がありました。そのデザインをブランドに浸透させるため、“なぜこうでなければいけないのか”、“どのような体験のためにデザインをしているのか”というデザイナーの意図を共通認識として持つ。そのようなやりとりができたことは印象的でした。

そして、オリジナルの空間を実現するためには、実際に物が作れるチームで取り組まなければいけません。そこで、以前から空間に合わせたインテリアを製品化していた『Karimoku Case Study』のチームを提案しました。カリモク家具が製造を担保してくれたおかげで、ブランドを表現するデザインを自由に設計することができたのです。もしこれが高級な既製品の寄せ集めになっていたら、空間がただの容れ物になってしまったかもしれません」

TOKYOを枯山水に見立てる

ほとんどのインテリアを空間に合わせてデザインするというのは、まさに贅沢の本質ともいえますね。完成した客室やパブリックエリアをご自身で歩いてみて、改めて最大の見所はどのようなところにあるのでしょうか。

「地上200mから眺める東京の風景です。建設前にドローンを飛ばして、さまざまな天気や時間の空撮を確認しました。実際に今この場所に立ってみると、特に東側の景色は新鮮ですね。河川をなぞるような高速道路の曲線、砂紋のように果てしなく広がる住宅地、所々に目を惹く石組みのようなビル群など、東京の街が大きな枯山水の庭に見立てられます。

世界的にも良い建築というのはある種の宗教的な神秘性を持っていることが多いのですが、神社など日本人の持つ精神性や清潔感を感覚的に感じ取れる空間というのは静謐な心地良さを備えています。TOKYOや歌舞伎町というあらゆるカルチャーがミックスされた賑やかなイメージに、折り目正しい凜とした礼節で応える。ミニマリズムや余白を活かした空間というのは、世界に誇れる日本的な美意識です。その雰囲気を大切にしながら、模型で家具のレイアウトをシミュレーションしました。龍安寺の縁台とまでは言いませんが、私には新宿御苑の緑が石庭に潤いをもたらす苔のように見えてきます」

ラグジュアリーな要素はひとつもない

たしかにこの視点から見る東京の景色は新鮮ですね。部屋の雰囲気もいわゆる“高級ホテルの良い部屋”というステレオタイプのイメージから想像すると意外というか、ラグジュアリーという概念に対する新しい提案を感じました。

「正直、人によって豊かさや新しさの本質が多様化している現代では、“これが新しさだ”という表現は難しいと思います。であればこそ、私たちはいったい何を美しいと感じるのか、その感覚をしっかりと掘り下げてみようと思いました。スペックや情報ではなく、感性で感じるラグジュアリーこそが、新しい時代の豊かさだと仮定したのです。逆に言えば、わかりやすいラグジュアリー的なアイコンや要素を排除することに挑戦したわけです。

今回のプロジェクトでは、『Karimoku Case Study』のチームの一員であるデンマークのデザインスタジオNorm Architectsというデザインスタジオをパートナーに迎えているのですが、ファウンダーのヨナスは建築家としてだけでなく、写真家としても活躍していて空間をみる眼がとても良い。家具とテキスタイルの関係や、空間を満たす光の色合いなど、哲学的なアプローチを提案してくれました。グローバルスタンダードをしっかりと咀嚼したうえで、日本建築特有の線の多いデザインを洗練させることができたと思います」

細部を積み上げることで生まれる贅沢

たしかに、パッと見て値段の想像できるような物が一つも置かれていない空間には、ある種の凄みを感じます。“感性で感じる豊かさ”を表現するために、具体的にはどのようなアプローチを試みたのでしょうか。

「例えば、日本には馴染みのないペントハウスという機能性はきちんと想定したつもりです。滞在する間はゲストにとって住まいそのものですから、当然ゲストを招くこともあるはずです。宿泊者にとっての“当然”を想定して水回りなども2ヵ所用意していますし、最上階の『sora 天(そら)』ではスパのセラピストやシェフを招いた際の裏動線もしっかりと確保しています。また、デザイン的なアプローチで言えばテレビは既製品ですが、床に置くための脚はデザインしたものです。各部屋に付けたキッチンのライトも、カリモクさんに何回作り直してもらったかわかりません(笑)。

ちょっとした印象のためにディテールにこだわり、そのディテールの集合体が空間全体を締める。それは空間作りにおける本当の意味での“おもてなし”です。家具だけでなく調度品もしっかりスタイリングすることで、空間の意味を引き立てる距離感を保っています。わかりやすい派手さや豪華さはないけれど、この引き算のデザインが滞在に余白を与え、旅にメリハリとリズムを与えてくれるのです。このホテルがただ泊まるだけの場所ではなく、精神的な豊かさを感じてもらえる場所になったらうれしいです」

日本の良い空間を残していかなければ

パブリックエリアも芦沢さんのデザインによるものですが、どのようなアプローチを提案されたのでしょうか? 専用のラウンジはもちろん、レストランやバーも繊細な印象を受けました。

「ラウンジはたった5部屋のゲストのための空間です。2層吹き抜けの開放的な空間はパーティなどで仕様が変更できるように可変性の高い空間に仕立てました。バースペースも夜景が見事なのですが、ラウンジソファに座ったときの印象を大切にして入り口からはあえて隠しています。すばらしさを演出するためには、すぐに景色を見せてはいけないのです。レストランも同様で、いたずらに広くせず、テーブルを空間に見立ててディナーに集中できるようなレイアウトにしました。この適度な狭さと景色のコントラストが独特の心地良さを生んでいます。

パブリックエリアも含めた全体のコンセプトとして、旅のインスピレーションを与えるホテルであってほしいと思っています。そのための余白をしっかりと取ることを大切にしました。それは効率という視点から見れば無駄に思えるかもしれません。効率を考えると余白を潰してしまうのです。だからこそ、豊かな空間を生み出すには覚悟がいるし、それだけの空間には価値が生まれるのだと思います」

混沌から整然とした世界へ

「自分が美しいと思う物を提供するのは自意識、相手が美しいと感じる物を提供することが美意識。それがブランドの役割」と話していた芦沢さんの言葉が強く印象に残りました。空間全体のこだわりは、芦沢さん自身に教えてもらわなければ気付かないほど繊細で緻密です。それはたった数時間の滞在で堪能できるものではなく、だからこそ「滞在するゲストのためだけの特別なもてなしになる」のだと、教えてくれました。部屋にこもっても、フロアを回遊しても、街に出ても、遠くに出かけてもいい。日本の良いところをグローバルスタンダードにまで昇華させた空間は、「新しい東京らしさ」や「豊かさへの気付き」に満ちています。押しつけがましさは微塵もなく、日本的なレジデンススタイルの真骨頂とも呼べる寛ぎの空間は「正直なデザイン」を標榜する芦沢さんだから実現できたもの。インバウンドのみならず、多くの日本人にも体験してほしい空間でした。

BELLUSTAR TOKYO, A Pan Pacific Hotel

〒160-0021 東京都新宿区歌舞伎町1丁目29-1
東急歌舞伎町タワー 18・39~47階

セゾン・アメリカン・エキスプレス®・カードが
ご利用いただけます。
https://www.bellustartokyo.jp

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