移動と暮らしの間に垣根がなくなり、多様な環境に身を置くことができるようになった現代。まるでその土地に暮らすように滞在できる旅行が注目されています。淡路島にある「ISLAND LIVING」は「五感を取り戻す滞在」をテーマに誕生した、1日1組限定の貸別荘。居心地の良い空間と、旅と暮らしをグラデーションのように繋ぐ場所として人気です。そして、2023年8月には新しいプロジェクトとして「TERROIR BY AWAJISHIMA」も始動。オーナーの小倉 寛之さんにプロジェクトの経緯やそれぞれの施設で滞在する魅力についてうかがいました。
淡路島の「ISLAND LIVING」はコロナ禍の2020年9月に竣工し、バケーションレンタル(貸別荘)として注目を集めています。自由に外へ出かけることが憚られたあの頃、誰もが人と会うことや旅をする自由を失っていました。オーナーでインテリアデザイナーの小倉 寛之(おぐら ひろゆき)さんは「誰にも迷惑を掛けずに過ごせる居心地の良い場所はないかと、行動制限の合間を縫って丹波篠山、六甲などを視察していました」と、プロジェクトのきっかけについて話します。あるとき海の見えるこの物件に辿り着き、“五感が蘇生していくこと”をテーマに自社でフルリノベーションを実施。これまでの貸別荘というイメージから脱却したシンプルでモダンなデザインと、その土地に根差した穏やかで心地良い滞在はアフターコロナの現在においてもなお人気です。
大阪を拠点に全国の商業施設などの設計デザインを手掛けながらも、「使い捨てのクリエイティブに違和感を感じ始めていた」という小倉さん。建築としての耐用年数に比べて、あまりに短いサイクルで変わっていくトレンドやサービスに対して、ISLAND LIVINGでは新たなアプローチで空間デザインを提案しています。
「ここでは、心地良さとはなにかを考える実験のようなことを繰り返しました。まずは昔から変わることのない淡路の気持ちが良い風を取り込むため、壁や扉を少なく設計しています。海風が空間を抜けていくことは、この場所における心地良さの重要な要素です。さらに、穏やかな景色や柔らかな光を丁寧に取り込むことで、内にこもらず外に広がる開放感を大切にしています。一日の太陽の動きや季節によって変わる光の雰囲気を大切にしながら、窓や開口部のレイアウトも決めました。無垢な白壁と、躯体の表情が光にも質感を与えるので、余計なインテリアを飾らずにイーゼルや暖炉など五感を優しく刺激するアイテムを配置しています。これは飾りではなく、誰でもお使いいただくことができます。基本的に引き算のデザインですが、素っ気なく冷たい印象にならないのは、風や光、波の音など自然の要素を大切にしたからだと思います」
2階には白亜のバスタブがシンボリックに配置されています。フロアの半分を占める開放的な空間にはカーテン以外に間仕切りもなく、バスルームの概念が大きく変わるレイアウトです。
「バスルームってプライバシーや湿気の関係で基本的には密閉されることが多いんです。であればこそ開放的なバスタイムは新しい心地良さを提供できるのではないかと考え、この場所の主役にしました。明け方にお湯を張って湯船に浸かり、東の海側に設けた窓からゆっくり空が明るくなってくるのを眺めていると、太陽が顔を出した途端、鋭い角度で朝陽が入ってきます。同じ太陽でも夕陽とは光の性質が全然違うんですよ。気温が上がってくると風が生まれ、鳥が鳴き出してくる。不思議と力が漲ってくるあの感じは、今までにない癒やしだと思います。おすすめのアロマなどもそろえてあるので、明け方のバスタイムを楽しんでいただきたいです」
平安時代まで「御食国(みけつくに)」と呼ばれていた淡路島は、皇室や朝廷に海産物を中心とした食材を納めていました。1年を通して平均気温が16℃前後と気候が温暖で、海の幸はもとより、タマネギなど農作物の生産地としても知られています。また、晴天率も高く乾燥した風が吹くため、国産のお線香の約7割が生産される場所でもあります。淡路島と香りの関係は深く、日本書紀によれば595年に淡路島に沈香(香木)が流れ着いた香りの原点とされています。ISLAND LIVINGのプロジェクトを通して淡路島の歴史や魅力に触れた小倉さんは「香りとの繋がりが深い土地ならではの体験を提供したい」と、新たな拠点を計画しました。それが空間におけるトータルデザインとしての香りを楽しむ宿泊施設「TERROIR BY AWAJISHIMA(以下、テロワール)」。開業前の施設にお邪魔しました。
ISLAND LIVINGの候補地を探していたときに、とあるお茶屋さんで200年以上前(安永9年)の蔵を見つけた小倉さんはその蔵を手に入れ、解体し、保管することにしました。いつか相応しい土地で新しい価値を与えたいと考え、宿泊施設として活用しようと思いつきます。設計にあたり保存してあった蔵を移築し、骨組みや土壁を再構築しました。
「改めて学びや気付きの多いプロジェクトとなりました。この土地を掘り返したら、古い地層が出てきたり、遺跡が出土したりもました。古来より人が好む風土があったのでしょうね。まさにテロワール(フランス語で土地・風土を意味する)を感じる場所です。ISLAND LIVINGよりもっと原始的な感性を刺激される場所だったので、キッチンでは薪火の料理が作れるようにしたり、周りの土地に果樹やハーブを植えていこうと思っています。農地に向いている土地でありながら休耕地も多いので、地域の人に教えてもらいながらいろいろな植物を育てていくことで地域活性の一助になれたらいいですね。人が集まり、その輪が外へと広がるような場所となり、土地の歴史や地域の営み、自然との交流から学びを得る経験ができたらいいと考えています」
テロワール最大の特徴は、1階に置かれた蒸留器です。これはゲストが周辺のハーブや野草を摘んで、幻の名水「御井の清水(おいのしみず)」で水蒸気蒸留法するための装置。水蒸気蒸留法とは、水蒸気を使って植物から香気成分を抽出する方法で、植物の香りを油分(エッセンシャルオイル)と芳香蒸留水(アロマウォーター)に分離することができます。今回は摘みたてのローズゼラニウムを蒸留してもらったのですが、大量の植物から採れたオイルはほんのわずか。それでも、凝縮された植物の香りは力強くフレッシュで、そのインパクトは強く印象に残りました。
「淡路島を拠点に活動するアーティスト、和泉 侃(いずみ かん)さんとも交流がありよく話すのですが、大地は何十年、何百年と時間の流れが堆積している。それが植物の栄養となり個性となるわけです。その香りを凝縮してみて感じるのは、日照時間や降雨量など、たくさんの生き物の営みと大きな循環があることです。単純な香りの善し悪しだけではなく、滞在したときのその場所の記録を閉じ込めて楽しむというのは、非常に興味深い体験になると思います。外にサウナを作るのですが、芳香蒸留水はサウナストーンにかけてロウリュを楽しむ予定です。この土地で育った植物のエッセンスを胸いっぱいに吸い込むなんて、贅沢な体験だと思いませんか?」
今回、ISLAND LIVINGと全容が見えたばかりのテロワールを取材しながら、淡路島の風土と歴史に触れるような体験ができました。目の前で蒸留器を使ってさまざまな香りを採集している小倉さんは、「いろいろなハーブを蒸留してみているのですが、感覚としてはこどもの頃の遊びと同じですよね。目の前の作業や新しい発見がおもしろくて、つい時間を忘れて夢中になってしまいます」と、実に楽しそう。日々の雑事から解き放たれた無垢な時間を一緒に過ごしていると、新しい文化の萌芽を目の当たりにしているように感じます。大地を巡る大きな循環を一滴のしずくに凝縮する。そんな「香りのプロセス」を楽しめる宿は、旅に新鮮な体験をもたらしてくれました。この夏、大人の自由研究に没頭するのもおもしろそうです。
〒656-2305 兵庫県淡路市浦753
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