
「天岩戸開き神話」の地として、2000年あまりにわたり信仰が息づいてきた長野県戸隠。水と豊穣を司る九頭龍大神を祀るこの土地では、清らかな湧き水が人々の暮らしを支えてきました。その水と向き合いながら生まれる「awai 戸隠」の料理は、近隣で育まれた旬の食材とともに、豊かなテロワールと大地の記憶を静かな物語に仕立てています。
戸隠は古くから修験の地としても知られ、山と向き合う厳しい環境でもありました。祈りと暮らしが隣り合ってきたからこそ、この土地では静けさそのものが豊かさの大切な要素として受け継がれています。奥社の杉並木などを散策しながら耳を澄ましてみると、どこかで生き物が身を潜めている気配を感じます。静寂は無ではなく、むしろ普段気にならないほどの音や気配を際立たせます。木々の間を抜ける乾いた風の音が湿度の変化を教え、雪の降る音で気温が変わったことを伝えてくれます。冷涼な空気のなかで触れるちょっとした温もりもまた、厳しさを湛えているからこそ深く心に染み入るのかもしれません。
awai 戸隠では、大切に管理されてきた山の水源から直接水を引いているため、洗面や内湯でさえ、蛇口をひねれば透き通った湧き水が出てきます。戸隠の湧き水をテーマに腕を奮うシェフ、藤元 裕希(ふじもと ゆうき)さんにお話を伺いました。
「私は大阪の出身で、子どもの頃から友人を家に招いて料理を振る舞うのが好きでした。その後『辻調理師専門学校』に進み、そこで出会ったフランス料理に衝撃を受けたのです。学校のプログラムでフランスのリヨンに留学し、ミシュランを獲得している『ギィ・ラソゼ(Guy Lassausaie)』で半年ほど修業しました。帰国後は、日本の素材を活かした日本橋の『La Paix(ラペ)』などで腕を磨き、紆余曲折を経ながら現在に至ります。どんなときでも、常に“自分の料理とは何か?”という問いに向き合って、導かれるように戸隠という土地に辿り着いたように思います。この土地には大地のエネルギーや自然の恵み、そして人の知恵と営みが詰まっています。その根幹にある存在が、超軟水の湧き水です。限りなく澄んだ清涼な水は、淡くて力強い。私の料理はフレンチですが、この土地の水と食材を活かすことで限りなく軽やかに、日本のエッセンスを感じる一皿に仕立てていきたいと思っています」
この日のディナーは大地を巡る食の循環を感じさせてくれるコースでした。一皿目は戸隠蕎麦の5種巡り。五社巡りにちなんだシェフの解説も面白く、アペリティフとあわせて軽やかにコースのはじまりを告げます。続いて蕪を湧き水で炊いたスープを添えた前菜は、優しい甘さが信州サーモンの塩味や大葉の香りとマッチした一品。ガラスの器が瑞々しいひと皿は、近郷で取れたカリフラワーのペーストに軽く炙ったブリをのせ、フィンガーライムのジュレで包んだもの。ライムの爽やかさがシャルドネの上品な香りとよく合い、山から海へと続くテロワールを感じます。魚料理はこの時期には珍しいイワナに旬を迎えた紅くるり大根など冬の味覚を盛り付けたものや、佐久鯉にビーツや発酵トマトを合わせた滋味溢れる味わい。海と山のミネラルが融合したユニークな仕立てです。メインの肉料理は高山村で捕れた新鮮な鹿肉で、ゼラチン質のソースがリッチなコクと上品な風味を楽しませてくれます。食べ進めていくとフランス料理特有の芳醇な食べ心地とともに、身体が静かに整っていく感覚が印象に残りました。
静謐な時間、豊かな食体験、そして背筋が少し伸びるような神聖な雰囲気に身も心も整うような心地がします。awai 戸隠がこれから目指す姿について、株式会社awaiの代表取締役、林 雄二郎(はやし ゆうじろう)さんにお話を伺いました。
「もともと東京で金融機関に勤めていたのですが、どこか閉塞感を感じて退職しました。伝統建築に興味があったので歴史的建築物を活用する事業に参画し、やがて自分なりのビジョンが見えてきたタイミングで独立しました。戸隠は長野市からの依頼で視察に訪れ、2000年にわたる信仰の歴史や都市部にはない無垢でプリミティブな雰囲気に圧倒されたのを覚えています。使われていない古い建築を紹介され、近代都市のライフスタイルと地続きでありながら、戸隠特有の風土に沿った場所を作れないかと考えました。まるで結界に守られたようなノイズの少ない環境には独特の心地良さがあります。わたしたちも誤魔化しのないサービスともてなしで、このエリアの魅力をお届けできればと思っています。時間をかけ、この地に根を張った営みを育てていくこと。それがわたしたちの目指すawaiの姿です」
滞在を振り返って感じるのは、チェックインから翌朝まで、時計やスマートフォンをほとんど見ていなかったということでした。戸隠の静けさに身を委ね、清らかな水に触れ、料理とともに人と語らう。その一つひとつがバトンを渡すように、緩やかな流れとして自然につながっていたように思います。しんしんと降り積もる雪がやがて湧き水となり、大地を巡って循環する。そんな壮大な物語の一部になったような感覚が、心に落ち着きと安らぎを与えてくれるのかもしれません。無理になにかをする必要も、急ぐ理由もない贅沢な時間。ただ変化する心と向き合い、風土に身を任せているうちに、いつの間にか心と身体が整っていく感覚。それこそが、「awai 戸隠」で過ごす時間の本質的な魅力なのです。
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