靴の美しさに魅せられた職人
三澤 則行 Noriyuki Misawa
靴の美しさに魅せられた職人
三澤 則行 Noriyuki Misawa

HIPHOPが好きな“何者でもない若者”だった三澤 則行さん。手探りで靴づくりの道へ進み、いまでは宮内庁へ靴を納め、世界中で個展を開催する職人となりました。そのフィールドはビスポークだけでなく、靴の学校「The Shoemaker’s Class」や、アーティストとコラボレーションするためのプラットフォーム「MIASAWA WERKSTÄTTE(ミサワ ベルクシュテッテ)」へと広がっています。スパイク・リーやエイドリアン・ブロディなどのセレブリティからもオーダーされるNoriyuki Misawaの世界をご紹介します。

道具として、芸術として

三澤さんの靴はアート作品としての靴と、実用性を突き詰めた道具としての靴に分けられます。前者はおよそ履くことの叶わない、それでいてユニークなコレクションとして発表されているもの。一方、後者は顧客の要望に耳を傾け、ラスト(木型)を削り、美しくも履き心地の良いビスポークシューズとなります。まったく異なるアプローチですが、どちらも紛れなく三澤さんの手によって生み出された靴たちです。「ともかく靴という美しい造形物に惹かれました」と話す三澤さんのアトリエで、自身が歩んできたこれまでと、これからについてお話を伺いました。

ビスポークに目覚めた青年

三澤さんは1980年生まれの41歳。普通の大学生だった青年が、なぜ靴職人を目指したのでしょうか。そこには、学生時代に出合ったある靴屋の存在がありました。

「当時は宮城県の地元の大学に通う普通の学生で、当然のように自分の将来について悩んでいました。あるとき近所に一軒の靴屋さんがオープンして、とても美しい靴が並んでいたのです。当時はとても買える値段ではありませんでしたが、惹きつけられるようにそのお店へ通い、オーナーの“靴は作れるんだよ”という言葉に衝撃を受けました。こんな美しいものを人の手で作れるなら、自分もやってみたい! と思ったのが最初のきっかけです」

靴のことしか考えなかった20代

学生時代は宮城県から浅草へ通い、手探りで靴を自作する日々。その後、メディアでデザイナーの三原 康裕さんが「靴作りの中心地は浅草」と話しているのを聞き、それを頼りに浅草の靴メーカーさんを訪ねます。しかし「メーカーにいても自分で靴が作れるようにはならない」と思い、スクールへ通って靴づくりの基礎を学ぶことに。卒業後はオーダーメードシューズの工房で4年ほど修行しましたが、その時点で靴づくりの技術は周囲の職人に比べて群を抜いていたといいます。靴のことしか考えてこなかった20代を振り返ると、世界にはまだまだ知らないことに気付いた三澤さん。自分らしい靴づくりを求めて旅立ったのが、オーストリアのウィーンでした。

創造を求めたオーストリアでの日々

ウィーンでの日々は、伝統的な靴工房で修行しながら、週の半分はデザイナーのアトリエでスケッチからサンプルを作成する毎日を送ります。しかし、街そのものが芸術と言えるウィーンでは暮らしているだけで感性が刺激されます。美術館やギャラリーに通い、クリエイターやアーティストと触れあう濃密な時間は、「わずか1年半の滞在が10年以上に感じるほどの体験だった」と話します。

「当時はハプスブルク家などの貴族文化に根ざした伝統的な靴づくりと、前衛的なブランドのデザイナーのもとで靴のサンプル制作を手伝っていました。デザイナーは新しい靴の世界に挑戦しており、一見進化していないように見える伝統的なクラシックシューズの世界と距離を置いているように見えました。しかし、私の技術で彼女の表現したい世界を形にし、私の考える靴の世界を語ることでお互いに認め合うことができました。それがただの技術職人から脱却できた最初の一歩だったように思います。彼女に教えてもらった美術館で“自分の靴もこういうところに飾られたい”と強く思ったのをいまでも覚えています」

二人の芸術家に学ぶ

靴とアートの融合”という自身の制作テーマを見つけた三澤さんは、帰国後ビスポークシューズで生計を立てながら、アーティストとして成長するため二人の芸術家から学びます。そのひとりが、紺綬褒章受賞者であり日展の評議員も務めていた皮革工芸作家の猪俣 伊治郎(いのまた いちろう)さん。革を金箔で彩る稀有な「金彩革」の技法を学び、技だけでなく「芸術家としての在り方について身をもって教わった」と言います。さらに革工芸作家の森 悦子さんの元での4年に及ぶ勉強の日々は「足という立体を数値で正確に再現していく靴づくりにおいて、流れや勢いなど情緒的な表現について触れる日々だった」そうです。ウィーンで新しい芸術のうねりを起こしたクリムトにも通ずる表現は、師匠の教えと三澤さんの感性が融合した証なのかもしれません。成長を続ける三澤さんは、その一方で自身もスクールを開催して生徒に靴づくり教えはじめます。

人を育て、人に育てられる

アトリエからほど近い場所で開催しているのが「The Shoemaker’s Class」。趣味で靴づくりを学ぶ人から、本気でプロを目指す人まで、古典的な製法による靴作りを一から丁寧に教えてくれると人気です。プログラムは受講回数を自分で設定することができ、月に1回程度受講する生徒もいれば、週に5回も受講する熱心な生徒もいるといいます。靴づくりのコツを効率良く学びながら、靴に関する歴史や知識を深め、皮革の扱い方や木型の削り方まで習得できる靴づくりの学校とあって、現在70名ほどの生徒が通っています。

「もともと人に教えることは好きだったので、ウィーンから帰国後、この場所にアトリエを構えてすぐにスクールをはじめました。靴づくりは基本的に一人で淡々と行う地道な作業ですが、やはり仲間がいると切磋琢磨できますね。生徒と先生という関係が軸ではありますが、僕も刺激を受けますし、見本であり続けたいというモチベーションを与えてもらっています。卒業証書を手にする生徒は1割程度ですが、卒業生はみんなプロとして頑張っています」

「新しい靴」への挑戦

三澤さんが個展を開いたのは、34歳のとき。実は、あまり良い反響を得られる内容ではなかったと言います。日本革工芸展で文部科学大臣賞を受賞し、満を持して開催した個展だっただけにショックは大きかったようで、「もう挑戦できないかもしれない」と思ったそうです。そんなタイミングでニューヨークに渡っていた教え子から講師の依頼があり、個展で展示した作品も持って行きました。すると日本とは打って変わってさまざまな反響で会場は盛り上がりました。作品が絶賛されたことももちろんですが、さまざまな意見があって「新しい靴を表現することの意義を見出すことができた」といいます。

「みんな自分の作品に対して率直に感想を伝えてくれるのが嬉しかったですね。作者に自分の意見を伝える事が自然で、その1年後に開催したチェルシーでの個展も好評に終わり、“挑戦して良かった”と本当に涙が出る想いでした。カンヌ国際映画祭のエキシビションでは“ドゥ・ザ・ライト・シング”のスパイク・リー監督や“戦場のピアニスト”のエイドリアン・ブロディからオーダーしてもらえたことも自信になりました。アート作品を発表していくことが、職人としてのモチベーションに繋がっていると思います」

未来に繋がる仕事をしたい

ビスポークシューズのオーダーは、6割が女性の顧客というのもユニークです。「エレガントを求める紳士靴は意外とコンサバティブで、女性の方がアヴァンギャルドなんですよ」と話すように、どこか感性を揺さぶり、色気を感じさせる三澤さんのデザインはレディースにもぴったり。なぜ、ビスポークシューズというクラシックな世界にあって、新しさにこだわるのでしょうか。

「私はあくまで顧客に良い靴を作る職人で、そのための技術やアイデアを磨いていくことが私の仕事です。しかし、何百年も昔に完成されたクラシックシューズを超える一足に挑むためには、職人という枠を取り払って自由に飛び回るフィールドが必要でした。それが靴をテーマにした作品作りへと繋がりました。歴史の礎となった諸先輩を一歩でも超えていくことが、自分の仕事を未来に繋げる事だと思っています」

モーツァルトを上手に弾けるより

「映像やデジタル技術などの先端技術や、音楽、ファッション、インテリアなどのクリエイターとも積極的にコラボレーションしていきたいと思っています。1900年代に“ウィーン工房(Wiener Werkstätte)”という芸術家集団が活躍していました。彼らが生み出した名作は、いまなお街や日常に溶け込んでいます。そんな活動への憧憬もあって“MISAWA WERKSTÄTTE”として活動していきたいですね」

アーティストと職人という独自の創作活動について「モーツァルトは確かに素晴らしいです。でもモーツァルトの楽曲を上手に、完璧に演奏するより、拙くても自分の曲を奏でてみたい」と表現する三澤さん。今後の活躍がますます楽しみです。

三澤 則行(Noriyuki Misawa)

オフィス・アトリエ
住所: 〒116-0002 東京都荒川区荒川5-46-3-1F
Tel: 03-6807-8839
メールアドレス:contact@noriyukimisawa.com
※完全予約制。ご来店の際は必ずお電話またはメールでのご予約をお願い致します。
https://www.noriyukimisawa.com

MIASAWA WERKSTÄTTE
住所:〒116-0002 東京都荒川区荒川5-46-3, 1F
Tel:03-6807-8839
メールアドレス:office@misawa-and-workshop.com
※完全予約制/ご来店の際は必ずお電話またはメールでのご予約をお願い致します。
※臨時休業など、最新情報はNews&Blogをご覧ください。
https://www.misawa-and-workshop.com/misawa/

The Shoemaker’s Class
〒116-0002 東京都荒川区荒川5-4-2 新日本TOKYOビル3F&4F
Tel:03-6807-8839
メールアドレス:class@theshoemakersclass.com
※ご見学・ご相談のご連絡は、お電話またはメールでお願いします。
https://www.theshoemakersclass.com

InstagramPTマガジンをインスタグラムで見る