自然とアートが融合した
中川木工芸のYORISHIRO
自然とアートが融合した
中川木工芸のYORISHIRO

「中川木工芸 比良工房」の中川 周士さんは、700年に及ぶ伝統的な木桶の手法を守りながら、常に新たな可能性を追求しています。最新作の「YORISHIRO」シリーズは、木桶の技術を活かしつつ、木という素材の魅力を最大限に生かした作品。不思議な佇まいからは自然の力強さや厳しさ、そして崇高な美しさを感じます。丁寧に削り出された年輪や節を眺めていると、その一年がこの木にとってどんな年だったのか、節の一本にも樹木の一生を思わずにはいられません。作品の生まれた背景とものづくりに対する想いに迫ります。

かっこいい木は捨てられない

スギやヒノキなど、水に強い針葉樹を素材とする木桶。現在では昔ほど使われることも減った日用品ですが、木の特性を熟知した技術は海外からも高く評価されています。中川木工芸 比良工房の中川 周士(なかがわ しゅうじ)さんによる「KONOHA」もそのひとつ。世界的高級シャンパンメーカーのシャンパンクーラーに採用され、世界中の職人たちからも注目を集めました。「桶に使われるまっすぐな部分を柾目(まさめ)というのですが、一本の丸太から半分くらいしか使えないんです。節のある曲がった部分は捨ててしまうのですが、なかには“かっこいいなぁ”と思う木もあり、大切に並べて取ってありました。それを活かしたいと思ってようやく形になったのが『YORISHIRO』シリーズです」と、プロジェクトのきっかけについて話します。

大切な想いが宿る場所

日本では古来よりお正月には年神の依代として門松を飾るなど、万物に神様が宿ると考えられています。たしかに、力強くうねった木の節を見ていると神秘的な美しさを感じますが、なぜ一本の木が依代になるのでしょうか?

「イギリスに行くといつもお世話になる作家さんがいて、あるときお礼にYORISHIROの試作品を差し上げました。すると、置き場所に困っていた大切なガラスのペンがぴったり収まったと、とても喜んでくれたのです。それでまた別の機会に違う作品を持って行ったら、今度はパートナーの方のお父様の形見だった時計が誂えたように収まったと。あくまで自然の木の形から生まれるので、なかに入れるものは想定していなかったのですが、なんとも不思議な話ですよね。偶然と言ってしまえばそれまでなのですが、大切にしていたものに込められた想いが木の容れ物に宿ったような気がして、『これはまるで依代だね』という話になったのです」

木を知り尽くした職人の凄み

YORISHIROには木の特性に合わせてさまざまなバリエーションが存在しますが、特に印象的なのが花入れ。一見すると節のある曲がった木の幹にしか見えないのですが、よく見てみるとしっかりと箍(たが)がはまっていることに気付きます。どうにも構造が理解できず、構造と作り方を教えてもらいましたが、聞いてみれば木桶の木工技術そのもの。まず節のある木材を真っ直ぐ十字に割り、それぞれの中身を節に沿って裂くようにノミや斧を入れていきます。普通の桶と同様に残った外側を箍で絞り上げると、まるで大木から切り出したような花入れが完成しました。残った中身も同じように割っていくと、人形が入れ子になったマトリョーシカのように、曲がり方の似た形の木が生まれていきます。中川さんの手にかかると事もなげに見えますが、これは木の特性を知り尽くしているからこそできる技。黙々と手を動かす姿からは、これまで何百万本と木を割ってきた職人の凄みを感じます。

美しさのピントを合わせる

普段の木桶を作る時と異なる部分についてうかがうと「どこを美しいと感じるのか。その焦点を定めることはどちらも同じですが、バランスが変わる」と説明します。

「自然の美しさというのはもちろんあるのですが、そのままでは作品としての驚きがありません。例えば柾目の桶は丁寧に削られた美しさや、水が漏れない緻密な造形に驚きがあります。YORISHIROの場合は、私が自然なフォルムの“何を美しいと感じているのか”が大事になります。手を入れる部分と自然の造形を活かす部分を見極めながら、本当に美しいディティールだけにピントを合わせていくのです。その加減が実に難しくもあり、自然から教えられる部分でもあります。この作業のなかで木から学んだことは、美しさの本質は理にかなっているということ。節のある木も繊維に沿って割れば美しい曲線を描きますし、水にも強い。毎日木に触れていると、本当に学ぶことが多いです」

見方を変えれば新しい魅力が生まれる

そもそもなぜ桶に柾目を使うのかというと、ストローのような木の繊維が上から下までまっすぐ通ることで水の染み込みを防ぐことができるから。それが水を入れる道具として理にかなっているわけです。節があると真っ直ぐ割れないため、無理に裂いてしまうとストロー状の繊維が欠けてしまいそこから水が入ってしまう。それでは桶としては使えないので、薪として燃料にするしか使い道がありませんでした。しかし、節の表情を活かす視点と、繊維を断ち切らない技術が融合することによって、焚き物と呼ばれた薪に新たな魅力が生まれたのです。こどもの頃から薪が燃やされる様子を見ていた中川さんは「丸太を一本無駄なく使い切りたい」という想いを持っていました。真っ直ぐなものは真っ直ぐ使い、曲がったものはその造形を活かす。木がなりたい形を削り出すという意味では大きな違いはないようです。

同じ曲がり方は二つと無い

伝統工芸としてプロダクトを作るとき、これまではひとつのデザインを組み上げたら同じ精度で量産してきました。そうすることで、若い職人に技術を教え、伝承させていくことができたのです。しかし、YORISHIROはひとつの素材に対してデザインを組み上げて、仕上げていかなければいけません。さらに、何を美しいと感じるかという感性や、作家の美に対する基準が大切になってきます。その点について話を聞くと「職人はどこか研究者的な姿勢があって、同じような作業でも細かな実験を繰り返しているもの」だと言います。だからこそ「技術の熟練度はわかりやすいけれど、美しさという主観にも到達度はある。そこに向き合う姿勢をほかのスタッフにも感じてもらえれば、また成長の機会になるのではないか」と、その想いを話してくれました。なにより、中川さん自身が表現者として夢中で木と向き合っているのが印象的でした。

伝統的な技術とアートの狭間にあって、中川木工芸の職人たちが刺激を与え合いながら成長している様子がうかがえます。技術だけでなく、感性を伝承していくことで、今後の制作にまた一段と深みが増していきそうです。自然とアートが融合した不思議な作品ですが、手元に置いていつまでも眺めていたくなる魅力を感じました。

中川木工芸比良工房

〒520-0515 滋賀県大津市八屋戸419
Tel. 077-592-2400
営業時間:
月〜金曜日 10:00〜17:00
土曜日 10:00〜17:00(不定休あり)
定休日:日曜日(開いている日もあります。お電話でご確認ください)

※工房見学は事前に電話にて予約が必要です。

公式サイトから商品をお買い求めいただけます。
セゾン・アメリカン・エキスプレス®・カードが
ご利用いただけます。
https://nakagawa.works/

InstagramPTマガジンをインスタグラムで見る