農と発酵を追求するブルワリー
FLORA FERMENTATION
農と発酵を追求するブルワリー
FLORA FERMENTATION

近年、第3次ブームの到来で人気のクラフトビール。今やすっかりカルチャーとして定着し、2024年には国内のマイクロブルワリーが800箇所を超えたと言われています。続々と個性的なブルワリーが誕生するなか、2024年夏に開業した「FLORA FERMENTATION(フローラ ファーメンテーション)」は、「農と発酵」をテーマに3人の若き醸造家が立ち上げた異色の存在です。

3人の醸造家が作ったブルワリー

琵琶湖の東部に位置する滋賀県東近江市は、肥沃な土壌と鈴鹿山脈から流れ出した愛知川の地下水の恩恵を受け、古くから米や麦、大豆といった農業が盛んな地域。酒蔵も数多く点在し、独自の地酒文化が育まれてきました。

2024年、水と土壌に恵まれたこの東近江市の永源寺の麓に小さなブルワリーが開業しました。大西 康平(おおにし こうへい)さん、清水 ノイバウアー カイさん、田中 翔太(たなか しょうた)さんの3人の醸造家が立ち上げた「FLORA FERMENTATION」は、「農と発酵」をテーマに掲げ、農業と醸造の両立を目指したブルワリーです。Flora(フローラ)とは「特定地域の植物や微生物たち」を意味し、ローマ神話では豊穣を司る女神とされ、ロゴマークのモチーフにもなっています。

いつか3人でブルワリーを

共同創業者の3人ともが醸造家というのも珍しいFLORA FERMENTATION。醸造家同士が意気投合したのかと思いきや、なんと3人の出会いは8年前に遡ります。国内ではいわゆる「地ビール」から進化した実力派の醸造所が登場し始めた頃、それぞれがアルバイト先に選んだのが滋賀県長浜市の「長浜浪漫ビール」でした。クラフトビールに熱中していた3人は同世代ということもあり、仕事以外でもクラフトビールを飲みに行く仲に。「いつかこのチームでビールが作れたらいいなと思っていました」と当時を振り返るのは、旗振り役でもある大西さん。ほとんど口約束のようなものでしたが、その後別々の道に進みながらも、月に一度ほどオンラインで近況報告をしながらそれぞれ切磋琢磨する日々を過ごしてきました。

「再び合流したのは2021〜2022年頃。当時28歳前後で、それぞれに経験を積み、自信もついてきた頃でした。一方で30代を迎えれば人生が分岐していく年頃。一緒にやるならチャンスは今しかないと思いました」

ニュージーランドで学んだホップ栽培

長閑な田園風景に佇む醸造所は、日本家屋を作っていた工務店の倉庫を改装したもの。そこから歩いて10分ほどの場所に3反の農地を構えます。

「農業をやることが前提だったので、この土地の水質や土壌は理想的でした。そこでまずは農地探しから始めたのですが、新参者ということもあり、まったく相手にしてもらえませんでした。近隣のワイナリーさんにサポートしてもらい、なんとか農地を確保できたところからのスタートでしたね」と大西さん。

大西さんとクラフトビールの出合いは大学時代。それまでのビールとは違う個性が際立った味わいに感動したそうです。国内外のクラフトビールを飲み歩くうちに、いつしか醸造家をめざすようになり、大学卒業後は修行のためにニュージーランドへ渡ります。あいにくブルワリーでの働き口は見つからなかったものの、ホップ農家で働けることになり、ニュージーランド式のホップ栽培を学びました。日本では珍しい存在のホップ栽培との出合いと経験が、ブルワリーのテーマである「農と発酵」の土台となっています。帰国後は北海道のブルワリー「忽布古丹醸造(ホップコタン)」で国内で栽培されたホップを使いながら醸造の経験を積みました。

それぞれの経験と知識を持ち寄る

カナダ出身のカイさんは19歳の時に単身来日。日本でクラフトビールと出合い、自身を“オタク“と称するほどクラフトビールの魅力にのめり込んだと言います。カナダへ戻り、2年間ブルーイングスクールで醸造を学んだのち、バンクーバーのブルワリー「Steel & Oak Brewing」で醸造家としてのキャリアをスタート。大西さんの声かけによって2022年に再び日本へ戻り、「京都醸造」に勤めながら開業の準備を進めてきました。「日本のブルワリーで学んだことも貴重な財産になりました。惜しみなく、たくさんのアドバイスをいただきました」とカイさん。こうした豊富な知識と経験を生かし、醸造長の責を担います。

大学時代にチェコへ留学した際に、現地のビールを飲んでそのおいしさに目覚めたという田中さんは、大学卒業後はクラフトビールの大手醸造所へ就職。醸造家としての経験を積んだのち、2020年に滋賀に戻り、再び古巣の「長浜浪漫ビール」へ。さらに「奈良醸造」や「ヒトミワイナリー」では醸造以外の業務にも携わってきました。FLORA FERMENTATIONでは製造管理やマーケティングを中心に担当。穏やかで優しい雰囲気の田中さんは、慎重で責任感の強い大西さんとポジティブでムードメーカーのカイさんの間でバランスを保つ重要なポジションです。

空に伸びるホップ畑

気になるホップ栽培の状況を尋ねると「初年度にしては上出来で驚いています」と3人に笑顔があふれます。さっそく案内してもらうと、田畑が広がる一角に空に向かって伸びるホップ畑が現れ、高さ5mほどのロープに青々と茂っていました。

「棚作りに使われる支柱は、日本では鉄製が主流なのですが、僕らはニュージーランドスタイルで丸太を用いています。近くの永源寺の奥で伐採された杉で、一本一本皮を剥いで1年ほど乾燥させました。自然の環境を活かして、雑草を生やして土壌管理をする草生栽培を採用しています。ニュージランド式にこだわるなら羊を放って雑草を食べてもらうのですが、さすがにここでは難しいので自分たちで汗をかきながら雑草を取っています(笑)」と大西さん。

ホップは輸入に頼るところが大きく、国内ではまだまだ珍しいホップ栽培。FLORA FERMENTATIONでは現在、カスケード(アメリカ品種)、チヌーク(アメリカ品種)、ハラタウ(ドイツ品種)、ザーツ(チェコ品種)の4種を栽培しており、ゆくゆくは1年分のビール製造を賄える量を栽培する計画だと言います。
「輸入のホップで作ってみたいビールもありますし、すべてがすべて自家栽培でなければいけないというわけではありません。ただ、コロナ禍や円安は、業界的に国内生産の原料に目を向ける転換期になったのではないかと感じています。何より自分たちで育てたホップで作るビールは思い入れが違いますね」

ファントムブルワリーとしての経験

開業までの一年間には、近隣のブルワリーの施設を間借りして、ファントムブルワリーとして醸造を行ってきました。すでに実力は十分で、これまでの経験を生かしながら自家栽培のライ麦を使ったヘーフェヴァイツェンや、近隣ワイナリーのデラウエアの搾りかすを使ったサワーエールといった個性あふれるビールをリリースました。

これらを発表する場としてビアイベントにも参加したことで、実りの多い経験をします。「直接リアクションが見られたり、感想を聞けたり、すごくいい経験でした。日本に来て強く感じていることは、日本のクラフトビールカルチャーはすごく良い感じに熟してきているということ。飲む人がクラフトビールに興味や好奇心を持ってくれていて、作る側としてもとても楽しいです」と、カイさんはうれしそうに話します。

開業後の最初の醸造は8月下旬。自家栽培のホップを使ったIPA(India Pale Ale)と地元農家のカボスを使ったWit(小麦のエール)を予定しています。今後はワイン樽やバーボン樽で寝かせたバレルエイジドスタイルにも挑戦していきたいと意気込みます。

地元に愛されるブルワリーを目指して

満を持していよいよ動き出した、農と発酵を追求するブルワリー、FLORA FERMENTATION。

「やっとスタートラインに立ったという感じですが、蒔いてきた種が今少しずつ芽になってきているのを感じています。この地域の皆さんにも、僕らがやりたいことを少しずつ理解してもらえてきているのもうれしいですね。近隣農家さんの農作物を使ったビールはもちろん、ゆくゆくは山上町の地下水を使ってビールを仕込んでみたいです」と大西さん。滋賀県東近江市に根を下ろし、クラフトビールにおけるテロワールを感じさせてくれるブルワリーの活躍にぜひ注目していきたいところです。

自家栽培のライ麦を使ったヘーフェバイツェンをいただくと、ライ麦由来のとろみのあるボディ、バナナやクローブを思わせるアロマが優しく鼻に抜け、何杯でも飲めてしまうようなまろやかな味わいでした。ライ麦は農地の土を柔らかくするために栽培したものだそうで、こうした背景も柔らかな味わいの一助になっているのだと感じました。

FLORA FERMENTATIONでは、設備の充実を目的にクラウドファンディングを展開中。リターンには滋賀限定のペールエールやこれからバーボン樽で仕込むというスペシャルな黒ビールもラインアップしているそうなので、彼らのビールを試してみたいという方はぜひこちらもチェックしてみてはいかがでしょうか。若き醸造家たちの情熱がこもったクラフトビールは、ひと味もふた味も違う魅力を教えてくれるはずです。

FLORA FERMENTATION

インスタグラム:https://www.instagram.com/florafermentation/
ブログ:https://florafermentation.blog/

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