日本最大級の伝統工芸体験施設「駿府の工房 匠宿」では、駿河竹千筋細工・和染・木工・漆・陶芸などのさまざまな工芸に触れることができます。最大の特徴は現役の作家が工房を運営し、ワークショップを開催するものづくりの郷であること。日本に脈々と受け継がれる伝統工芸品を自分で作ってみる貴重な体験には、忙しない日々では得がたい新しい気づきがありました。
現在の静岡県に位置する駿河国(するがのくに)は鎌倉時代から緑茶が栽培され、室町時代には戦国の混乱を逃れた京都の公家や文化人が移り住んだ場所。江戸時代には天下統一を果たした徳川家康の居城「駿府城(すんぷじょう)」が築かれ、全国より優秀な技術を持つ職人が集められました。関西と関東を結ぶ東海道の中間地点という地の利もあり、漆職人や家具職人、大工など多岐にわたる職人が定住したといいます。駿河竹千筋細工や和染め、漆器、木工、陶芸などの技術は現在も受け継がれ、いまなお地域に息づいています。
東海道五十三次の「丸子(まりこ)宿」として有名な丸子泉ヶ谷地区に、伝統工芸を受け継ぎ未来へ繋げる施設「駿府の工房 匠宿」があります。静岡県を拠点に活躍した高木 滋生による建築は、周囲の豊かな自然を引き込んだ中庭が印象的です。2021年のリニューアルでも地元の木材を採用した建築様式はそのままに、日本最大級の伝統工芸体験施設として生まれ変わりました。地元の村本養蜂場のはちみつを取り入れたカフェや全国から集められた工芸作品を購入できるギャラリーなども併設し、老若男女を問わず楽しめる場所として賑わいます。
最大の特徴はものづくりにおけるリアルな息づかいを伝えているところにあります。4つの工房では、現場の第一線で活躍するプロの作家が工房長を務め、ワークショップだけでなく作家が制作に取り組む現場として職人の育成などにも取り組んでいます。虫を傷つけずに鑑賞するための虫籠から始まった「駿河竹千筋細工」と江戸時代から伝わる「型染め」などを体験できる工房「竹と染」、釘を使わない木工製品「木工指物」と浅間神社造営の歴史とともに歩んできた漆の奥深さに触れる工房「木と漆」、そして手ひねりや電動ろくろによる陶芸家のワークショップが体験できる工房「火と土」など、いずれも伝統工芸を本格的に体験できる工房ばかり。時間を忘れてものづくりのおもしろさに没頭してしまいます。
今回は「竹と染」の染工房長として静岡に伝わる「駿河和染」の技法「お茶染め」で作品を作る鷲巣 恭一郎(わしず きょういちろう)さんにお話をうかがいました。古くから型染めや手描きの紋染めが行われる静岡で「鷲巣染物店」の五代目も務める鷲巣さん。地場産業の茶葉を製造する工程で出る茶葉の端材を染料として使用し、煮出したあとの茶殻は堆肥に加工して循環させています。
「私は静岡の出身で実家が和染めをしていたこともあり、染めの技術は父から学びました。茶染を始めることになったきっかけは、あるとき地元のお茶農家をしている先輩が出物(工場で出る茶葉の端材)をくれたことです。飲むことはできないのですがお茶の色は出るので、草木染めの技術をベースに2年ほど試行錯誤を重ねて現在のような濃い色合いを出せるようになりました。最初は地元の伝統的な産業と工芸を融合させることで、自分だけの技術を追求したいと考えていました。しかし、文化として普及させなくては、茶染の存在価値は認知されない。そこで、父から教わった型染めと茶染を融合させた作品を作り始めたのです。また、『竹と染』の工房長としてワークショップに来てくれるお客様の反応を見られたことも、自分が作家として活動する原動力になりました。現在は茶畑を上空から見下ろした幾何学的な模様『茶園俯瞰図』を作品のテーマにして、この地域に脈々と続いてきた営みと人との縁を表現しています。まずは茶染の魅力を体験してもらい、ゆくゆくはお茶の産業と茶染の文化が一緒に広まることを願っています」
こうして、新たなものづくりのプラットフォームとしてこの施設を運営している指定管理者が「創造舎」。地域に根差した建築デザイン会社として、静岡市葵区の七間町や人宿町の町作りもサポートしてきました。なぜ、施設の運営やリニューアルを手掛けることになったのか、代表取締役の山梨 洋靖(やまなし ひろやす)さんにお話をうかがいました。
「私は独学で建築の勉強をして建築士の資格を取得し、輸入住宅をメインとする建築会社に就職しました。シアトルの支社に毎年出張し、アメリカでの住宅の建て方を学んだことで、日本でもフリープランの住宅に可能性があるのを感じたのです。そこで独立してハウスメーカーと建築家の中間のような建築会社を設立しました。地元の人宿町で古いビルを購入して生活と仕事の拠点にしたことがきっかけで、地域の街興しをする組織に加盟したのです。もともと映画館の多い街だったので、いま一度活気を取り戻そうとコンテナを使った広場を計画したのが2016年のこと。多くの人が楽しんでくれる姿を見て、街作りのおもしろさを感じました。そこから地元の藍染め企業のスタッフが入社したことで伝統工芸に縁ができ、当時の市長に案内されて初めて匠宿に来ました。建築や環境はすばらしいものの、どこか保守的な印象が拭えなかったので、指定管理者に選ばれてからは全体の動線をまず見直しました。さらに、コンテンツとしての工房をただの体験場所ではなく、現役作家の活動拠点にするべく作家を口説いてまわったのです。ところがワークショップが人気になりすぎて、作家からは“作品を作る時間がない!”と文句を言われる始末(笑)。おかげさまで、いまでは日本一集客力のある工芸体験施設だと思います」
ただ伝統を残すだけでなく、地域の財産として街に活かし、未来へのバトンとして繋いでいこうと取り組む山梨さん。今後は「10年で職人を100人育てるのが目標」と話します。工芸品が観光の記念品やノスタルジーの拠り所ではなく、いま一度現代の産業として成立するためには、私たちの暮らしに役立ち、職人の生活を支えていく力が必要になります。そこで、各工房では職人の後継者育成補助も行い、受け皿としての商品開発や販売企画にも力を入れています。さらに、施設内の「匠宿伝統工芸館」では銘品を展示する常設展に加え、プロダクトデザイナーの花澤 啓太をディレクターに迎えたさまざまな企画展も開催。「体験デザインプロジェクト」では建築家の隈 研吾監修によるスツール作りの特別体験やミナ ペルホネンのデザイナーである皆川 明による描き下ろしの図案を染めるプログラムなども紹介され、実際に工房でのワークショップとして体験に落とし込まれている点も匠宿ならではの特徴です。
さらに、新しいものづくりの息吹は周辺の地域へも広がりを見せています。創造社が運営する愛犬と一緒に伝統工芸を楽しめる宿泊施設「1HOTEL(ワンホテル)」や古民家を移築した「工芸ノ宿 和楽(わらく)」では、いずれもゲストルームや共有空間に作家の工芸品がちりばめられ、宿場町の名残をいまに伝えています。駿河湾を知り尽くした目利きの食材を楽しめるダイニング「Simples」や、朝食のための和食「若松」などの食事処も充実。泉ヶ谷地区全体を通して伝統を育んだ風土を堪能できる町作りには、新しいものと古いものの境界線が融和していくような居心地の良さを感じます。「この施設だけでなく100年後の街の姿を想像しながら、少しずつ周辺のバランスと調和させて育てていく。それが建築を担う我々の視点であるべきだと思います」と山梨さんが話すとおり、その姿勢には未来に対する確固たる自信と伝統や自然に対する謙虚さを感じました。今後は職人と現代のライフスタイルが融合した“里山工芸村”のような未来を目指して進化していく予定の匠宿。ものづくりのゆりかごが繋ぐ未来が楽しみです。
〒421-0103 静岡県静岡市駿河区丸子3240-1 駿府の工房 匠宿
Tel. 054-256-1521
開館時間:10:00〜19:00
休館日:月曜(祝日の月曜は営業、翌平日休館)
お問い合わせは公式ホームページの「ご予約」にてご確認ください。
セゾン・アメリカン・エキスプレス®・カードが
ご利用いただけます。
https://takumishuku.jp