風土を旅し、土に宿す
KeicondoOBRAs
風土を旅し、土に宿す
KeicondoOBRAs

茨城県笠間市に工房を構えるKeicondo(ケイコンドウ)さん。土の素材感や優しい色合いの作品が特徴で、ラグジュアリーホテルや世界の一流レストランでも採用されています。2024年には実験的な試みの一環として、一棟貸しの宿泊施設「OBRAs」を立ちあげました。

陶芸家にはなりたくなかった

父親が陶芸に興味を持ち、エチオピアから笠間市へ移住してきたことで窯業が身近な環境で生まれ育ったKeicondo(以下、Kei)さん。「笠間陶芸大学校」に進学するものの、成長するにつれ「現実を知ると、陶芸家になりたいとは思えなくなった」と、一度は企業に勤めます。その後、青年海外協力隊としてボリビアへ赴任。インカ文明に触れたことで、表現への欲求が再び芽生えました。「私はこどもの頃から黄色が好きで、作品にも太陽のような黄色を使うことが多いのですが、ボリビアの景色や鮮やかな色彩にクリエイティビティが刺激されたのかもしれません」と、当時を振り返ります。

時代の変化に呼応した作品

関東で最も古い焼物「笠間焼」の産地として知られ、多様な作家を輩出する笠間市ですが、当時は「色つきの器は売るのが難しい」といわれていたそうです。それでも着実にファンが増えつつあったKeiさんの転機となったのは、天才シェフとして名高いレネ・レゼピ氏による世界一のレストラン「noma(ノーマ)」のポップアップに器が採用されたことでした。2023年春に「エースホテル京都」で開催され、予約開始からわずか9分で5,000席が売り切れた伝説的なイベントです。その記録は「Noma in Kyoto」という一冊にまとめられ、Keiさんの作品も収録されました。2020年頃からのライフスタイルやインテリアのトレンドの変化も手伝い、Keiさんの作品は世界中のシェフからオーダーされるようになります。

料理人が虜になる器

もともと旅が好きなこともあり、世界中の料理人に会いに行くKeiさん。最近もスペインやフランスを視察してきたといいます。

「オーダーをいただいたら、お店の場所や雰囲気、シェフの人柄などを知るためにもできるだけ会いに行くようにしています。今回会ってきたのは4名のシェフで、フランスの城下町ポーにある『Yuri.m(ユリ・エム)』の長屋 有里さん、スペインではバスク地方のアトクソンドという場所にある『Txispa(チスパ)』の前田 哲郎さん、アルバセテにある『OBA-(オバ)』のシェフ、ハビエルさん、そしてマドリッドの『EMi Restaurante』でシェフを務めるルベンさん。いずれもミシュランで評価されたり、新しい試みに挑戦しているシェフたちです。OBA-にはすでに器を納品させていただいていたので、実際に薪で調理された料理を頂きながら少し使い込まれた自分の器を確認することもできました。現場のリアルな空気感に触れることは一番のインスピレーションになりますね」

料理と器の関係について考える

Keiさんはこうして現場の声を作品に反映させることをとても大切にしています。試行錯誤はアトリエを超え、新しい扉を次々と開いているのですが、現在進行中の宿泊施設「OBRAs(オブラス)」もそのひとつ。室内は1階に水回りとキッチン、庭までシームレスに繋がるダイニングがあり、2階はリビングとベッドルームになっています。スペイン語で「作品」を意味するこの場所は、今後外壁を陶板で作成するなど、建物の内外を作品にしようという試みでもあります。そして、料理人と陶芸家が対話を重ね、笠間という土地を深く知ることのできる実験的なアトリエです。「いろいろと便利になりましたが、やはりリアルなコミュニケーションが一番クリエイティブなのです。そのためには、一緒にテーブルを囲み、何日でもじっくりと作品に向き合ってもらえる環境が必要でした」と、立ちあげたきっかけについて話します。

世界を旅し、風土を土に宿す

その背景には、料理人と深く繋がり、お互いの可能性を広げたいという想いを感じます。

「私が現地へ訪れると、必ずといって良いほど皆さん歓迎してくれます。地元を案内してくれたり、手料理とともにじっくり話をしてくれたり、手厚いもてなしに胸を打たれるのです。相手のバックボーンに入り込んでじっくり話をすると、お互いの可能性が広がるのを感じます。そうした経験を重ねると、私もシェフに笠間の魅力を知ってもらいたいと思うようになりました。ゆっくり滞在して、気兼ねなくイマジネーションを膨らませてほしい。その経験が旅の記憶として料理に影響を与えることもあるかもしれませんし、お互いに良いリフレッシュになれば最高ですよね」

作り手と共生した作品

器は料理人にとっての道具であり、明確な意思が宿った道具には美しさが宿ります。そして、私たちにとっては食事を楽しむための大切な舞台装置のような存在でもあります。Keiさんに話をうかがっていると、シェフとの緊密なコミュニケーションが作品に大きな影響を与えていることがわかります。「シェフには明確な用途や料理へのビジョンがあり、美学がある。器への要望を形にすることで、その答え合わせができる関係でありたい」と話すように、実用に即した用の美は独特の風情を纏っています。それでいてどこかおおらかで、料理に寄り添うような優しさを感じさせるのは、Keiさんの人柄によるものでしょうか。OBRAsの完成によって、これからどのような作品が生み出されていくのかも楽しみです。一般の宿泊も受け付けているとのことなので、ぜひ作家の世界観に触れてみてはいかがでしょうか。

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