里山の風情に癒やされる
泉ヶ谷 工芸ノ宿 和楽
里山の風情に癒やされる
泉ヶ谷 工芸ノ宿 和楽

「駿府の工房 匠宿」に隣接して誕生した「泉ヶ谷 工芸ノ宿 和楽」は、築100年を超える古民家をリノベーションし、サウナやスパを備えた宿泊施設。エリアを貫く通りには湯処や食事処が続々オープンし、さながら“癒やしの郷”といった風情です。

一体となって伝える地域の魅力

江戸時代には東海道の宿場町として多くの旅人で賑わった「鞠子宿(まりこしゅく)」。古民家を移築した「和楽」は、もともと60年にわたってこの場所で営業していた民芸店です。その文化的な背景や伝統工芸に対する想いを引き継ぎ、店名をそのまま残して宿に生まれ変わったのが「泉ヶ谷 工芸ノ宿 和楽」。「駿府の工房 匠宿」を中心にフロントを含む3室の客室とスパエリアで構成された「和楽 本館」、5室の異なる雰囲気の客室を楽しむことができる一棟貸しの「和楽 別邸」、「和処 若松」、湯処「ふきさらし湯」、静岡市の天然地魚に特化したレストラン「Simples」でのディナーなど、分散型ホテルのようなアプローチでエリア一帯の魅力を伝えています。

伝統工芸と最新設備の融合

建物は築100年を超える堂々とした佇まいで、5つの客室に分かれています。室内は大きな梁や土間が印象的で、古民家の構造を巧みに活かしつつも設備を最新のものにアップデート。さらに、すべての部屋にプライベートサウナとヒノキの水風呂、内湯、外気浴スペースまで完備されているのには驚きました。インテリアや建具も現代風にアップグレードされているのですが、随所に伝統工芸があしらわれ、空間の雰囲気を損なわず利便性をも犠牲にしないバランス感覚が見事です。夕飯までの夕暮れどき、サウナに入って縁側でクラフトビールに舌鼓を打つ。そんなひとときが何よりも贅沢に感じます。

スロバキアの技と伝統建築への想い

館内は全体的にしっとりと落ち着いた雰囲気で、懐かしさと快適さの入り交じった独特の心地良さに包まれます。設計を担当したミロスラフ バフラさんにお話をうかがいました。

「私はチェコスロバキアの時代に生まれ育ち、チェコ工科大学で建築や都市設計を学びました。親の影響もありこどもの頃から日本の建築や文化にも興味を持っていたので、在学中に法政大学へ留学。チェコの大学を卒業した後は早稲田大学でも都市設計を学びました。当時、民芸店だった和楽を宿泊施設にコンバージョンするにあたってのテーマは、良さを残しつつ、いかに快適さを追求するか。“古き良き”をゲストに押しつけるのではなく、自宅のように寛げて、戸惑うことがない程度に便利で、自然のリズムを感じられる空間をめざしました。例えば、日本の陰の美しさは、実は自然の光が入り込むことで生まれます。そのため、改修にあたって窓をたくさん設けました。庭の木はほとんど伐ることなく自然のゆらぎを各部屋に取り込み、それでいて古民家特有の振動や音の伝わりといったネガティブな要素を遮断する。古い建築を活かすチェコの建築技術や考え方も活かされています。そして古いインテリアや建具の多くも雰囲気を残しながら空間に合わせて自分たちで作り直しました。どの壁や床にもその場所に適した丁寧なリノベーションを施すことで、部分的には最適化されつつも全体として調和を保った空間にしています」

伝統工芸とモダンキュイジーヌ

和楽に宿泊すると、夕食は「Simples」という至近の提携レストランを選ぶことができます。地元である駿河湾の新鮮な海の幸を中心に組み立てられるコース料理は県外からのファンも多く、このエリアの魅力のひとつです。「食をきっかけに工芸との接点を作れたら」と話すのは、オーナーシェフの井上 靖彦(いのうえ やすひこ)さん。

「ヨーロッパで6年ほど修業している間、現地で学んだのはレシピや技術だけではなく、その土台にある文化や風習でした。なぜアペリティフという文化が生まれ、アミューズが必要になったのか。食事をするという行為は料理だけでなく、生活や文化とひと繋ぎの体験なのだと学びました。その後、縁あってカリフォルニア料理の発祥地と言われるレストラン『シェ・パニーズ』で2週間ほど働く機会を得ます。短い期間でしたが、食育やレストランと生産者の在り方を再定義するアリス・ウォータース氏のお店で、常に新しいものが生まれるミックスカルチャーや、上下関係ではなく仲間意識で繋がるキッチンのすばらしさを知りました。紆余曲折ありながらも静岡市内でレストランを始めてしばらくして、和楽が宿泊施設になった際に運営会社である株式会社創造舎の山梨 洋靖(やまなし ひろやす)社長から『レストランを作りたいのだけど、手伝ってほしい』と相談されました。私もオーベルジュのように宿泊施設をやってみたいと思っていたものの、こちらもノウハウがない。それなら私が移転すればお互いに補完できると考えたのです。目の前には工芸の作家さんがいるので、お店で使う器や照明、備品などをお願いしています。飾るだけではなく、暮らしのなかで使い込まれ、風情が増していく変化に惹かれます」

魚のあらゆる魅力を楽しませる

地元の新鮮な魚介類を中心とする井上さんの料理。特に、焼津の名店「サスエ前田魚店」から仕入れた魚は漁獲方法から締め方、冷やし方まで徹底的にこだわったもの。定置網で捕獲され、岸まで船内の生け簀で「遊がせ」のまま運ばれてきたアジは、軽く塩を振って伊豆産の山椒を使ったオイルをかけただけ。プリプリの身にナイフを入れると魚とは思えない弾力に驚きます。構成要素はミニマルなのに、味わいは奥深く、噛むほどに甘味が増してきます。仕入れた状況を見て焼かずに茹でることに決めたというサワラも、極限までシンプルに削ぎ落とした一皿に仕立てます。塩とアマランサス、ケイパーとエシャロットがピュアなサワラの旨味を引き立てます。焼いたブリにはブラジル北部の先住民族に伝わる調味料「トゥクピー」を合わせます。パプリカ、タマネギ、トマト、ココナッツによる旨味調味料に唐辛子のほどよい辛さが良いアクセントとなり、ブリの甘味とマッチします。アマゾンと駿河湾の意外なマリアージュは、魚の奥深い魅力を教えてくれました。

ルーティンを崩すことで見える旅の魅力

和楽の女将を務めるのが廣江 晶子(ひろえ あきこ)さん。伝統工芸のショーケースとして、泉ヶ谷エリアを牽引します。

「2023年の開業からおよそ2年で想像以上に多くのお客様をお迎えすることができてうれしく思います。伝統工芸を体験しにいらした方に、作品が息づいた空間で過ごしていただく。おいしい食事を楽しみにSimplesにいらした方に、伝統工芸の魅力を知っていただく。そして、旅の目的地として和楽を選んでくださったゲストには静岡の魅力を五感で感じていただく。2025年1月には日帰り温浴施設『ふきさらし湯』もオープンし、また新しいお客様を迎えることができるようになりました。忙しい生活を送っていると、意外と決まり事やルーティンに縛られていることに気づきます。旅の良いところは、そんな予定調和を崩して自分の意外な面に出合うことではないでしょうか。工芸体験に没頭したり、昼間からサウナや露天風呂でボーッとしたり、明るいうちにビールを飲んだり。旅先の自由を通して、暮らしのおもしろさに気づくきっかけになったらうれしいです」

里山の恵みを五感で味わう

翌朝は、「和処 若松」で静岡の素材をふんだんに使った朝食を頂きます。眼前には長閑な山並みが広がり、しばし日常の喧噪から離れてゆっくりした時間の流れに身を任せます。食後は「ふきさらし湯」で朝風呂とサウナを堪能。丸太工法を活かした開放的な空間は清々しく、お茶の香りのロウリュが爽やかです。地方に故郷がない身としては「田舎があったらこんな時間が楽しめるのかな」と、つい和んでしまいました。この心地良さは、いつの間にか地域に溶け込んでしまう自然体のもてなしによるもの。客室やお風呂、食事処といろいろと施設を行き来しているうちに、まるでこの集落の住人になったような錯覚に陥ります。日常と緩やかに繋がりながらも、優しい非日常を楽しめる癒やしの郷は、誰もが心で思い描く理想の故郷(ふるさと)のようです。新たにそば処も誕生し、里山にまた新しい魅力が増えています。

泉ヶ谷 工芸ノ宿 和楽

〒421-0103静岡県静岡市駿河区丸子3375-1
Tel. 050-5530-4338(10:00〜18:00)

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