お茶を淹れてひと息つく時間は、誰もが心地よいと感じるひととき。しかし、多忙を極める現代人にとっては、なかなかゆっくりとお茶を淹れる余裕がありません。在宅勤務や外出の自粛が求められ、ライフスタイルの変化と新しいストレス環境にさらされる昨今、あらためてお茶を楽しむことに注目したいと思います。
平安時代に中国から伝わったとされているお茶。今でこそ日本人には馴染み深い飲み物ですが、当時は滋養強壮や長寿のための薬として高貴な立場の人だけが服用していました。鎌倉時代には栄西によってお茶にまつわる専門書「喫茶養生記」が書かれ、時の将軍がお茶によって疲れを癒やしたというエピソードも残っています。いまでもお茶を飲みながら休憩することを「一服する」といいますが、これも薬として飲まれていた時代の名残だと言われています。お茶が一般家庭まで普及したのは、大正時代になってからのこと。ペットボトルのお茶が普及した現在では、ゆっくりお茶を淹れる機会も少なくなりました。
以前、海外から友人を招いた際に「お茶は日本の文化と聞いているが、あまり家でお茶を淹れないのはなぜだ?」と聞かれ、答えに窮した覚えがあります。しかし、お茶は静かに進化を遂げていたのです。
東京港区の青山にある“生活とアートの融合”をテーマにした複合ビル「SPIRAL」。その5階の一角を占めるのが「櫻井焙茶研究所(さくらいばいさけんきゅうじょ)」。研究所らしく白衣を纏ったスタッフによるお点前で頂くお茶は、海外から訪れる旅行者にも人気です。「日本人にとっては馴染みのあるお茶ですが、その魅力はまだまだ奥深いものです」とは、代表の櫻井 真也さん。「時代に合ったお茶と楽しみ方を研究し、飲み手に合ったお茶を処方したい」という想いから、研究所と名付けました。
本当のお茶の魅力を確かめるべく、櫻井さんによる「お茶のコース」を頂きました。一杯目の玉露を頂くと、新芽のみずみずしい香りとお出汁のような味の濃さに驚きます。「美味しいお茶のポイントは4つあります。ひとつは茶葉の量、そしてお湯の量と温度、最後に抽出時間です」と櫻井さん。丹波の黒豆と一緒に頂いた一杯目の玉露は、7gほどの茶葉に30〜40ccのお湯で3分ほど抽出したもの。「やぶきた」という品種で、日本茶の80%近くを占める一般的な茶葉だと聞いて驚きました。そのまま2杯目を淹れて頂くと、ほのかな渋みがうま味を引き立て、清涼感がひときわ際立ちます。
以前、とあるシェフは「お湯を加えるだけで味の輪郭がはっきりしてくる“お茶”は、料理の基本のようだ」と話していました。櫻井さんも、お茶について「お鮨に似ている」と話します。地域の魅力や素材の鮮度を大切にしながら、シンプルな構成要素で季節を味わうお茶は、確かに一杯の料理といえます。モダンな「つくばい」や「にじり口」などの茶室をモチーフに、古代中国の自然哲学「木火土金水(もっかどこんすい)」を取り入れた空間は、お鮨屋さんの付け台やバーカウンターのような雰囲気を感じさせます。
「最近は外国のお客さまが減った代わりに、若い方が増えてきました。お湯の温度を調整する“湯冷まし”などの茶器、裏千家のお点前など、伝統的なものが新鮮なのかもしれません」と、櫻井さん。最近ではコーヒーのシングルオリジンのように、その土地のテロワールを感じる単一畑の茶葉なども増えてきているそうです。最近の研究成果について伺うと「オーガニックな茶葉を得意とする農家さんが出てきたり、季節のブレンドをノンアルコールのカクテルにしたり、日本茶の多様性を楽しめるようになりました」とのこと。
焙煎している良い香りに包まれながらお話を伺っていると、なんとも満ち足りた気分になってきます。櫻井さんは長野県の小布施町のご出身。遠縁にあたる「桜井甘精堂」の栗菓子をはじめ、一杯ごとにお茶菓子などを添え、「日本の四季や、土地の魅力をゆっくり味わう時間を提供したい」と話します。ストレスを感じやすいこんな時代だからこそ、自宅で一杯のお茶をゆっくりと楽しむことで季節を味わう。自宅にいる時間も増えたいまだからこそ、ヘルシーな習慣にしたいものです。
〒107-0062 東京都港区南青山5-6-23 スパイラルビル5F
Tel. 03-6451-1539
営業時間:11:00〜20:00
定休日:お盆・年末年始・その他ビルの休館日に準ずる
※新型コロナウィルス感染拡大防止の観点からしばらくの間、営業時間が変更となっております。(通常時営業時間:11:00〜20:00・茶房は平日23時まで営業)
https://www.sakurai-tea.jp/