自宅にもなり、別荘にもなり、ときにはホテルにもなる新しい生活の拠点を提供するのが「NOT A HOTEL」。都市と地方の2拠点生活や、所有しない、定住しないライフスタイルを求める人が増えているいま、「ホテルを自宅にする。使わないときはホテルとして貸す」という新しい切り口に期待が高まっています。2021年に販売した2施設は約2ヶ月で40億円近くを売り上げるなど、不動産業界を初め、観光業界などさまざまな方面からも注目を集めています。建設中のサロンで、濱渦伸次さんにお話を伺いました。
世界のどこでも自由に暮らす。そんなライフスタイルにおいて、各地に不動産を所有することは非効率です。かといって、ホテルでの生活ばかりでは落ち着かないし、味気ない。生活のベースとなる「空間の制限」を開放するNOT A HOTELのサービスは、変化を前提とした現代のニーズを具現化したようなサービスですね。
「もともとファッション業界にいたこともあり、服や食事を選ぶように住む場所も毎日選べたら良いなと考えていました。アドレスフリーのトレンドは今後ますます加速していくでしょうし、メタバースなどの進化によって学校や職場などのソーシャルプレイスと、実際に滞在する場所は乖離していくと思います。ですから、私自身もこのサービスを立ち上げるタイミングで所有していた不動産は売却しましたし、会社としても最初からオフィスというスペースは用意していません。今日は取材があるので広尾のサロンにいますが、明日は執筆のために那須の森にいるかもしれない。激しい変化を前提としたうえで、上質な暮らしとは何かを考えるのがわたしたちの仕事だと考えています」
2020年3月末にZOZOグループから離れ、その翌日である4月1日にNOT A HOTEL株式会社は設立されています。2021年には販売を開始していますが、実際にはまだ一軒も建っていないのに、すでに40億円近くも売上げているというから驚きました。
「NOT A HOTELでは、建設予定地と完成予想パースだけでオーナーを募集します。その費用がリクープラインを超えてから建設に着手するので、通常のホテルビジネスよりコストの無駄もリスクも少ないビジネスモデルです。また、オーナーが使用しない期間は弊社がホテルとして運用します。その想定利回りなども算出したうえで購入できるのですが、現在のオーナーは資産価値というより、建築的な魅力や新しい豊かさに共感してくれている方が多いように感じます。とはいえ、数億円の不動産決済がオンラインで完結するというのは時代の変化を実感します。現在30億円以上の売上げが成立しているのを目の当たりにすると、価値観の変化と移動したいという人間の本能のようなものを実感します。最初のプロジェクトはいわば実験のようなものでしたが、成功したことで次のプロジェクトをはじめる自信に繋がりました」
自宅でもなく、別荘でもなく、ホテルでもない。生活に必要な空間の在り方そのものを根底から変えるサービスは、まるで壮大な社会実験のようにも感じます。
「わたしたちの会社は“世界をもっと楽しく”という企業理念を持っています。もし世界中にあなたの家があって、暮らす場所に制限がなかったら、世の中はもっと面白くなるし、人生が楽しくなるんじゃないかと思うんです。新しい課題も出てくるかもしれませんが、場所や空間に縛られていることで起きている不幸は、このサービスによって減る可能性が高い。そうして好きな場所が増えれば、世界がもっと良くなるのではないか。変化の多い時代だからこそ、家はこうあるべきと定義するよりも、“どうあるべきか?”という問いを立てることが大切だと思います。そういう意味では、あらゆる事業がポジティブな社会実験であり、反応が良ければ社会に実装して組み込まれていくのだと思います」
ビジネスモデルそのものが実験的ですが、NOT A HOTELでは滞在そのものも意欲的な取り組みが見て取れます。その背景にはプログラミングやエンジニアリングなどのテクノロジーがありました。それはまるで、新しいカルチャーを育てるゆりかごのように感じます。
「もともと(株)ZOZOテクノロジーズの取締役としてアパレル業界のIT化に取り組んできました。試着ができないオンラインでは、服は売れないと言われていましたが、常識は大きく変わりましたよね。ホテル業界や住宅などの産業もまだまだテクノロジーによって進化できる余地があると思います。わたしたちの物件も基本的にはすべてスマホで管理し、コントロールできるように設計しています。別荘のように部屋に入ったら換気をする必要もなく、到着前に専用アプリから快適な環境を設定できますし、ミニバーもアクティビティもオーナー専用のクローゼットもすべてスマホで管理できます。サービスの質は高めながらも“利用されることを想定した予備コスト”のような中間領域を徹底的に見直すことで体験価値を高めています。ちなみにいまは、ベストな冷蔵庫が見つからないので冷蔵庫自体を開発しています(笑)」
現在は年間360日利用できる「一棟(室)購入」と、年間30日利用できる「シェア購入」という利用方法があるNOT A HOTEL。今後はどのように展開されていくのでしょうか。
「現在、ジェネラルデザインの大堀 伸さんが設計した宮崎県・青島の物件と、谷尻誠さん、吉田愛さん率いるSUPPOSE DESIGN OFFICEが設計した栃木県・那須の物件を販売中です。計画中の2軒は福岡県・薬院と、群馬県・北軽井沢に造ります。プロジェクトを発表してから建設候補地などのお話をたくさん頂いており、全国を旅しながら視察をしているのですが、2025年には30箇所ほど建設できる予定です。世界中のさまざまな建築家なども起用していく予定で、全ての新しい施設は既存オーナーの皆様にも相互利用して頂けるようになります。どんどん利用できる物件が増えるので、このサービスを通して旅する目的地が増えていくというのは、不動産の新しい楽しみ方ではないでしょうか。もちろん今後は海外にもどんどん拠点を増やして行くつもりですし、都市部に住宅寄りの価格帯で使える物件も計画しています。誰もが世界中で自由に暮らせるプラットフォームを作りたいですね」
今回お話を伺った場所も都内の一等地に建設中のNOT A HOTELのオーナーだけが利用できるサロンでした。ワンダーウォールの片山 正通さんによる設計で、地下には数年先まで予約が取れないレストラン「CHIUnE(チウネ)」が入っています。ラウンジには、ル・コルビュジエの従兄弟であり、パートナーでもあったピエール・ジャンヌレの家具がさりげなく置かれ、ミニマルな空間は「上質とはなにか」を問うているようにも感じます。「人生を過ごす場所」とはなにかという本質的な問いについて考えさせられる濱渦さんのお話は、どのような空間や滞在体験に結実するのでしょうか。「自分にとって理想の生活を編集していく。人生というのは結局のところ、そういう旅なのではないでしょうか」という言葉が印象的でした。完成後の物件を取材するのが楽しみです。
1983年生まれ、宮崎県出身。国立都城高専電気工学科卒業後、2007年に株式会社アラタナを設立、SaaS型 Eコマースプラットフォームを展開。2015年に株式会社ZOZOに売却し、グループに参画。株式会社ZOZOテクノロジーズの取締役を兼任後、2020年3月に退任。2020年4月1日、NOT A HOTEL株式会社を設立。
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