「挽物(ひきもの)」とは、木を丸く削り出すことで器や家具を作り出す日本の伝統技術。「挽物所639」は、伝統を守りつつも独自の解釈で現代的なアウトプットを続けています。機械化の流れによって職人が減少していくなか、その技術とクリエイティビティは世界からも注目を集めています。さまざまなアーティストも魅了する「挽物」とはなんなのか、その魅力を探究する挽物師のもとを訪ねました。
木地(キジ)師、轆轤(ロクロ)師、刳物(クリモノ)師。これらは基本的にすべて挽物師と同じ仕事をする職人を指す言葉です。木材をロクロと呼ばれる特殊な工具で回転させながら形を削り出す技術で、お盆やお椀などの生活用品、家具や仏具などの木工製品を生み出してきました。このロクロという技術を発明したのは、およそ1200年前の「惟喬親王(これたかしんのう)」だと言われています。天皇家の第1皇子として生を授かりながらも皇位継承争いに破れ、滋賀県小椋谷(おぐらだに)の地で暮らしました。その頃に経典の巻物の軸が回転する原理からロクロを発明したため、“ものづくりの祖”と言われています。仏塔などからはじまった挽物は、日本のものづくりの原点だと言えそうです。
やがて全国に広がった挽物という技術ですが、豊かな材木の多い静岡県は挽物の産地として知られるようになります。そのルーツとなったのが、材木商を営んでいた酒井 米吉(さかい よねきち)という商人。銘木を見極める優秀な商人でしたが、あるとき箱根の山で大怪我をしてしまい、あえなく廃業。木材の特性を見抜く素質はあったため、箱根の挽物職人から技術を学び、元治元年(1864年)に静岡市下石町で挽物業を開店しました。これが「静岡挽物」のはじまりと言われています。その系譜は70年代に100人ほどまでひろがり、現代へと受け継がれています。
機械化の波に押され、手挽きの職人が減ってしまった挽物の可能性を探るべく「挽物所639」を立ち上げたのが百瀨 聡文(ももせ としふみ)さん。なぜこの時代に挽物師を目指そうと思ったのでしょうか。
「子供の頃から手先が器用でデザインの専門学校に行ったんです。就職するときに学校で紹介されたのが挽物所で、最初はどんな技術か知らずに弟子入りしました。でも、親方の仕事を見ているうちに、回転する木を削るだけで自由自在に美しい姿を生み出せることに感動しました。例えば同じ部材を1000本も削り続けていると、刃が木に当たる微かな音や指先のほんのわずかな振動しか感じなくなるんです。全身の神経や感覚が研ぎ澄まされて、物事の解像度がとても細かくなる。一通りの技術を身につけるまでにはある程度時間がかかりましたが、1/1000という単位でものが見えてくる仕事は面白いと思い、工房を立ち上げました。実際、毎日木を削っていて感動するし、幸せなんです」
「挽物所639」のアトリエにはものづくりの音が満ちています。「この仕事は技術や向上心も大事ですが、耳の良さも大切」と、百瀨さんはロクロから目を離さず話します。いくつものロクロが同時に回っていても、機械の異変や回転の軸が定まっていないときなど、おかしな音やリズムにはすぐに気が付くそうです。それは「木が嫌がっている音」。研ぎの悪い「鑿(のみ)」で削っているときや、木の特性と合っていない形を削り出そうとしてしまうときも嫌な音を感じると言います。異音に気が付いたときは、すぐに機械を止めて、仲間にも声をかけ、異音の原因を探ります。問題を解消して自分の作業に戻ると、またミクロ単位の世界に没入していく。自分で鋼(ハガネ)から叩いて作った“のみ”を研ぐ音、その“のみ”で木を削る音など、心地よいものづくりの音が響きます。
アトリエには百瀨さんのほかに2名の職人がロクロに向かって木を削っています。大きな一本の木を削ることもあれば、いくつかの木材を組み合わせて削ることもあり、時には3人がかりで一つの作品を作ることもあるそうです。現在取り組んでいるのが、インテリア・プロダクトデザイナーの高須 学(たかす がく)さんと取り組んでいるスツール。「これまでにない大きさ、難易度」と話すように、挽物で削り出されたとは信じられないほど美しいフォルムをしています。回転している木材を削り出すため、シンメトリーな形状が特徴の挽物ですが、微妙に非対称の陰影が実にミステリアス。まさに美と実が融合した作品といえそうです。「別のクリエイターやアーティストと一緒に取り組むことで、いままで無理だと思っていたことができるようになるんです」と、作品を見つめるまなざしは自信に満ちています。
そして、もう一つ我々を驚かせたのが百瀨さんのプライベートな作品「MUSUHIME」。実は、この作品はファッションブランドの「LOEWE(ロエベ)」が主宰する「ロエベ クラフト プライズ 2022」にエントリーした作品をアップデートしたもの。初めて見たときの衝撃は忘れられません。挽物でこんな作品が作れるのかという驚きと、実際に作り上げてしまう職人たちの情熱に感動を覚えます。世界中の木材を合わせた巨大なオブジェは、圧倒的な神性と優しい雰囲気に包まれていました。
「昨年はファイナリストに残ることができなかったのですが、リベンジの想いも込めて今年も挑戦しています。コンセプトである“触れたくなるようなラインや触り心地のよい仕上がり”を感じてもらえるサイズにしました。いろいろなアクシデントもあったのですが、無事にエントリーに間に合い、結果が楽しみです。世界中の木材を重ね合わせる事によって表現した“繋がり”を届けられたら嬉しいですね」
「挽物って、削りすぎたらやり直せないんですよ。でも、甘く削れば野暮ったくなる。そのギリギリの境界線をイメージしながら、あるときピタリと頭で描いた線をトレースできるんです。削ってはじめて現れてくるシェイプや木目には宝探しのような楽しさがあります」
挽物師たちは黙々とロクロに向かい、ひたすら木材を削り続ける。足下には木くずが積もっていく。大きな塊のほとんどを削り落とし、わずかな本質を描き出そうとするその姿は、どこか瞑想する僧侶のような佇まいに思えました。挽物師によって生み出された形に触れると、もとの木はどんな姿をしていて、どんな場所で育っていたのか、様々な情景が頭をよぎります。削り落とされることによって生み出された引き算の美学は、モノと情報が溢れたいまの暮らしに心地よく共鳴するのかもしれません。
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