日本の国作り神話で3番目に生み出されたとされる島「隠伎之三子島(オキノミツゴノシマ)」。その圧倒的な自然は“神々の島”と呼ばれるのに相応しい景観を生み出しています。今回ご紹介する「Entô(エントウ)」は、「隠岐ユネスコ世界ジオパーク」に認定されている4つの有人島の一つ「中ノ島」にあります。この場所の魅力を伝えるジオガイドやコンシェルジュの存在など、神秘的な島の風情を楽しむ拠点としての役割を果たしながら、ゲストを癒やす宿泊施設を兼ねる稀有な存在の魅力に迫ります。
Entôの歴史は古く、中ノ島で1971年に開業した国民宿舎「緑水園」が原点です。耳なし芳一などの怪談で有名な明治の文豪、小泉 八雲(ラフカディオ・ハーン)が中ノ島に滞在した際、この菱浦港周辺から眺める景色をこよなく愛したと言われています。1994年には国内観光の需要を受ける形で本館を増築、緑水園を別館とした「マリンポートホテル海士(あま)」に改名し、第3セクターである「株式会社 海士(あま)」が運営を担ってきました。しかし、2015年には緑水園の老朽化に伴う建て替え工事が検討され、同時期にジオパークの拠点施設のプロジェクトも立ち上がったことで、複合的な機能を備えた新しい施設の在り方を模索することになりました。その後6年の月日を経て、本館の一部をリノベーションするとともに別館を建て直すかたちで新棟を建設。ジオパークの拠点を併設するEntôが誕生したのです。
さっそく、株式会社海士の代表取締役/CEOの青山 敦士(あおやま あつし)さんにお話をうかがいました。
「私はもともと北海道出身なのですが、東京の大学に通っているとき初めて海士町を訪れました。きっかけは大学の先輩が連れてきてくれたことでしたが、縁もゆかりもない地でお世話になることを決めた理由は、私が学生時代に関心を持っていた先進国と途上国の関係性が、この島の行政と都市との距離感に似ているように思えたからです。この豊かな自然と、そのうえに紡がれてきた営みに触れてみると、観光や教育などの在り方を通じて都市にはない暮らしが見えてきます。それは、この国の大きな資産であり、可能性だと思います。ですが、その可能性をより多くの方に伝え行くためには、各地域固有の風土や資源を旅行者のニーズと接続し、その地に住まう人々と旅行者の双方にとって魅力的なものにする必要がありました。そこで、この島々の魅力をあらゆる角度から切り出せる場所をつくるため、このプロジェクトが始まったのです」
こうしてはじまったプロジェクトは、構想に6年を要しました。そのうちの2年は「施設の在り方」について、町民も交えて徹底的に話し合ったそうです。ジオパークの魅力とはなにか、町にとっての新しい宿泊施設はどうあるべきか。さまざまな制約があるなか既成概念と新しい可能性を模索する日々は、足下の大切なものを見直す作業でもありました。本質的な議論を重ねていくうえで、設計を依頼したのが「MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO」。そのコンセプトは、地域住民と観光客の接点となる開かれた空間としての提案でした。そして、デザインはモダンでありながらも、決して安易に高級感を演出するのではなく、あくまでジオパークの自然を“最大の贅沢”として捉えた「泊まれる拠点」として設計する。そうしたアプローチは実際の滞在を通しても共感することができました。「始原の地球を感じさせる風景の只中で、くつろぎ、眠る」という骨太なコンセプトが実に潔く、この場所でしか味わえない魅力を引き立てています。
こうして、本館を「BASE(ベース)」、別館を「NEST(ネスト/巣)」としてEntôは立ち上がりました。特筆すべきは、別館の1階にある学べる展示室 Geo Room「Discover」とGeo Lounge。経営企画 マーケティングマネジャー の山口 雄介(やまぐち ゆうすけ)さんにお話をうかがいました。
「Geo Roomは、ジオパークに触れる前に予習ができる空間です。地球と隠岐諸島の成り立ちをわかりやすく解説した『Earth Wall』や、島前三島の見所を精緻に再現した模型が並びます。模型が真っ白なのは、目の前に広がる本物の色や匂い、肌触りを実際にその場に行って体感してほしいからです。ジオパークとしての魅力を “ジオガイド”と共に歩きながらご案内するEntô Walkもご用意しています。こちらはどなた様でもご参加いただけます。そして、三葉虫の化石や恐竜の骨などが展示されているGeo Loungeは、地球が刻んできた歴史とゲストが繋がり、目の前に広がる景色を眺めながら今を見つめる場所です。数十億年という地球の歴史と、長い道のりを経て辿り着くEntôだからこそ、 “今”という時間をより体感できると思います。島前カルデラを一望できるソファーに座って目の前に広がる景色を眺めていると、ふと、時が経つのを忘れてしまうゲストもいるようです」
そして、本館の1階にある「Entô Dining」で腕を振るうのが、松江出身の藤井 晴朗(ふじい はるお)さん。地元の生産者の皆さんから届けられる新鮮な岩牡蠣や鯛、旬な野菜を鉄板焼きで調理します。また、地元食材のみを使うのではなく、この土地に根付いた伝統的な調味料や調理法を取り入れながら、この地が育んできた風土まで感じられるコースに組み立てている点がユニークです。例えば醤油がつくれなかった隠岐地方では、各家庭でお味噌を仕込んだ「小醤油みそ」が発達しました。ほんのり甘塩っぱい独特の風味がクセになります。ほかにも、隠岐神社に奉納される塩や島の米で作られた極上のみりんなども取り入れており、調味料ひとつとっても興味深いその土地のストーリーに包まれています。
「うちのダイニングでも提供している島のパン屋さん“つなかけ”というのですが、後鳥羽上皇が存命でそのお店の向かいにまだ海があった時代、船を停めるために綱を架けた松があったのですが、それが店名の由来となっております」と、藤井さん。食材や料理に関する解説を聞いていると、まるで海士町の今と昔を散歩したような気分になります。
チェックアウト後、出航まで時間があったため山口さんが中ノ島を案内してくれました。道中に「今後は地元の島民がゲストを案内するプロジェクトも考えている」と話していました。ホスピタリティを探求する姿勢に「知り合いがいなくても楽しめる場所を目指す」という青山さんの言葉が蘇ります。今回は島前を中心とした滞在のご紹介でしたが、事前にコンシェルジュに相談すれば隠岐諸島全域を堪能するプランなども提案してくれます。Entôを拠点とすることで、滞在からアクティビティ、そしてフィールドワークまで、一貫したストーリーと時間を過ごすことができます。まるで土地の歴史や雰囲気に没入するような体験が新鮮でした。地球の歴史と風土のうえに人々の営みが育まれ、今の私たちの暮らしに繋がっていることを再認識する旅でした。飛行機や新幹線でどこへでもあっという間に辿り着けるいま、剥き出しの地球のうえを自分の足で気ままに歩くというのはとても贅沢な気がします。
帰りは帰港地の境港から少し足を伸ばして、出雲大社にお参りしてきました。日本の神秘を堪能する旅は、ある意味究極の癒やしかもしれません。
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