チャールズ・スチュアート・ロールズ(1877〜1910年)は、自動車の電動化を予言していました。そしてその言葉はいま、新型ロールス・ロイス「SPECTRE(スペクター)」の登場とともに現実のものとなったのです。日本に到着した最初の車両がロールス・ロイス梅田ショールームで開催された「新型ロールス・ロイスSPECTRE特別披露展示会」で展示されていました。未来を見据えた流麗なクーペが放つインパクトは強烈です。ロールス・ロイスが体現する顧客体験のエッセンスをご紹介します。
気候変動や原油価格の高騰から、ここ数年で一気に加速している脱エンジンのトレンド。国際的な自動車メーカーの多くが2030年を目処に新型車のEV化とガソリン車の生産終了を発表しています。ロールス・ロイスの創業者の一人であるチャールズ・スチュアート・ロールズは、ロールス・ロイス設立以前の1900年に英国の自動車雑誌「THE MOTOR CAR JOURNAL」にて、「電気自動車は静かで綺麗だ。臭いも振動もない。充電環境があればかなり便利になる」と発言したと記録が残されています。電気を燃料にすることで、自動車がより人々の暮らしを豊かになると予測していたのです。その4年後にフレデリック・ヘンリー・ロイスとマンチェスターの「ザ・ミッドランドホテル」で出会い、航空機や船舶のエンジンも手掛けるロールス・ロイスの歴史は始まるわけですが、その前に電気自動車の未来を予言していたというのは実に意外です。2030年までに全ての新型車をEV化すると発表したロールス・ロイス。そのエポックメイキングな一台がついに発表されました。
ロールス・ロイス・モーター・カーズはついに、ブランド初となる電気自動車「SPECTRE(スペクター)」をお披露目しました。PHANTOM(亡霊)やGHOST(おばけ)などと同様に、これまでの伝統にちなんだ「幽霊」という意味の名前が付けられています。綴りがイギリス式なのも実に“らしい”演出です。最初にゴーストの名を冠したモデルは1907年に登場した「ロールス・ロイス シルバーゴースト」。1900年代初頭の一般的な自動車はうるさく、決して快適とはいえない乗り物でしたが、車が動き出したことに気付かないほど静かで快適なロールス・ロイスは、一躍富裕層の注目を集めました。以来、果てしないトルクによる宙に浮いているような「ワフタビリティ」や、多くの人に知られているにもかかわらず、実際に手にするのは限られた人だけという非現実的な存在感から、敬意を込めて幽玄なネーミングが付けられています。実際にSPECTREを目の前にすると、まるで別世界から突然現れたかのような存在感に圧倒されます。
ロールス・ロイスでは、電気自動車を市場に投入するまでに同社の歴史上で最も厳しいテストプログラムを行いました。世界中のあらゆる地形や天候条件で250万kmにおよぶテストドライブを実施。これはオーナーの平均年間走行距離を6,250kmと仮定すると、約400年分に相当する耐久テストになります。こうして仕上がったSPECTREは、機能性や運転性能といった面でモーターがエンジンよりも卓越した体験をもたらすことを意味しています。最大出力585hp、最大トルク91.8kgmを引き出すモーターは、停止時から時速100kmまで達するのにわずか4.5秒しかかかりません。フル充電での航続可能距離は520kmが想定され、これは平均7台以上のクルマを所有し、1ヶ月間に500kmも走らないオーナーにとって十分なスペックです。伝説的なファントムクーペを彷彿とさせる美しい2ドアのファストバックというプロポーションは、床下に敷き詰められた700kgものバッテリーによって重心が下がり、これまでにないスタビリティを発揮しています。ロールス・ロイスを象徴する「パルテノン・グリル」はどのモデルよりも幅が広く堂々とし、頂点に佇むシンボル「スピリット・オブ・エクスタシー」はわずかに傾斜を深めることで過去最高のエアロダイナミクスを実現しました。
「スペクターは”超高級エレクトリック・スーパークーペ”に位置づけられていますが、カテゴリやスペックだけでは表現しきれない体験をお届けする存在だと確信しています」と話すのは、ロールス・ロイス・モーター・カーズ 大阪のセールスを担当する水本 光(みずもと ひかる)さん。イベントの反響についてうかがいました。
「日本でお客様にお披露目できる最初の車両ということもあり、非常に多くのご来場をいただきました。SPECTREはロールス・ロイスがお届けする電気自動車ですから、室内空間や快適性はもちろん、空力性能やドライビング・パフォーマンスなど、いずれも最上級であり、最先端であることに間違いはありません。しかし、実車を目にするとどんな車よりも感性に訴える一台であることがおわかりいただけると思います。個人的に私が感動したのは、バックギアに入れた際に周囲に発する注意を促す音が、イタリアのオーケストラによって監修された音であること。低く、荘厳でありながら威圧することのない独特の音は、ぜひ体験していただきたいと思います。今後新しく発表されるモデルは順次EVに置き換えられますが、GHOSTやPHANTOMをエンジンからモーターに載せ替えるわけではなく、すべてが新しいモデルになるということで、ロールス・ロイスは“同じ車を二台作ることがない”という言葉を改めて実感しています。SPECTREもお客様の好みに合わせたさまざまなビスポークが用意されております。どのようなオーダーによって世界に一台の車が仕上がるのか、今から楽しみです」
車両の展示以外にも会場にはさまざまな趣向が凝らされていました。イベントのコンセプトについて、コーンズ・モータース株式会社のコミュニケーション部門を担当するモダニスアンドカンパニー 山田 健仁(やまだ たけひと)さんにうかがいました。
「ご来場いただいたお客様のなかにはすでにEVを所有されている方も多く、電気自動車のことをよく理解したうえで、『ロールス・ロイスのEVが欲しい』と考えていらっしゃいます。そのようなゲストの方々にブランドの本質をしっかり伝えるため、相応しい趣向を凝らしました。今回ご用意したのは、アルチザン・アーティストリー(表現者としての技術者)をテーマにした、さまざまなクリエイターによる共演です。300年以上の歴史を持つ西陣織の老舗『HOSOO(細尾)』のソファや兵庫県の現代アーティスト、角谷 紀章(かくたに きしょう)による描き下ろしの作品など、いずれも高い技術力と独創的な世界観を持ったアーティストのコラボレーションを感じていただけると思います。クリエイティビティとイマジネーションの融合は、ロールス・ロイスの伝統と革新にも例えられる大切なエッセンスです。お客様の想像力を刺激し、ライフスタイルをより深く探訪していただけるように、セレンディピティ(素敵な偶然)をお届けすることが我々の使命だと思っています」
実際に車両に乗り込むと、通常の車では考えられない装備に感心するばかり。全長約1.5mに及ぶ過去最大サイズのドアは、通常の車とは反対方向に開くコーチ・ドアになっています。ブレーキペダルを踏むと運転席のドアが自動的に閉まる独自の機能が実にスマート。また、近年よく目にする「スターライト・ヘッドライナー」は、職人がひとつずつLEDライトを埋め込み、車内の天井に星空を描き出したような演出が人気です。「もともとは中東エリアのお客様が砂漠でみた星空を再現したいとオーダーしたことがきっかけだそうです」と山田さん。そんなストーリーを聞くと、この車がただの移動手段ではないことを実感します。SPECTREでは室内のルーフだけでなく、4,796個の「星」がやわらかく照らし出される「イルミナイテッド・ドア」を採用しています。また、全長5m、ホイールベースは3210mmというプロポーションに対して、バランスを取るために100年ぶりに変更された23インチホイールが採用されました。発表にあたっては二泊三日の研修が用意されたそうで「技術に裏打ちされた機能やスペックの根拠まで徹底的に学びました」と、水元さんは自信をのぞかせます。こうした未来の伝説になりそうな話を聞くだけでも、ショールームに訪れる価値があります。
世界で年間5,000台ほどの販売数でありながら、これほど多くの人に知られているブランドも珍しいのではないでしょうか。ロールス・ロイスのオーナーには「Whispers」という独自のアプリケーションが用意されており、顧客のニーズに合わせた情報や体験を提供しています。そして、その情報はSPECTREに搭載されたデジタルアーキテクチャー「SPIRIT」を通じて、シームレスに統合されるのです。「オーナーの皆様は価値をよくご理解いただいております。その上で明確なニーズを持ってオーダーされるのが印象的です」と、水本さん。その言葉を受けて「私たちの創造力に限界はありません。時を紡ぐ瞬間をご提供するのが、ロールス・ロイスの究極の美学です。価格よりも価値に重きを置き、単なるエンターテイメントを超えた何かを発見する無情の喜びを最大限に尊重します。お客様のライフスタイルを、シンプルながらも間違いなくリュクスにすること、ハイレベルな時をご提案いたします。今、この世界に生きていることに喜びを感じられる体験をお届けすることが私たちの最大の使命です」と、山田さんは続けます。自分がどうありたいのか、そのイマジネーションこそが新しいラグジュアリーの世界を生み出すのかもしれません。