近年、世界的にも評価が高まるジャパニーズウイスキー。誕生から100周年を迎える節目の2023年、浅間山の麓に新たな蒸留所が誕生しました。「小諸蒸留所」は、軽井沢蒸留酒製造株式会社が立ち上げた初の蒸留所。世界的なマスターブレンダーのイアン・チャン氏を共同創業者に迎えたことでも注目が集まっています。本格的に蒸留が始まった小諸蒸留所を訪ねました。
東京からおよそ100分。長野県東部の小諸市は県内でも比較的標高が高い位置にあり、近年酷暑の続く都市部から冷涼な空気を求めて観光客や移住者が増えているエリア。南西部には千曲川が流れる自然豊かな地域で、夏は湿気が少なく晴天率も高いため過ごしやすい環境です。浅間山の麓、市内を見渡す小高い丘の上に誕生したのが軽井沢蒸留酒製造株式会社による「小諸蒸留所」。御代田町にあった旧軽井沢蒸留所から約11キロの距離に位置し、ウイスキーの聖地ともいえるスコットランドに近い気候が特徴です。「世界の蒸留所の多くが平地であるのに対して、我々はウイスキーに最も適した水源と熟成環境を求めてこの丘を選びました」と話すのは、創業者であり軽井沢蒸留酒製造株式会社の代表取締役を務める島岡 高志(しまおか こうじ)さん。蒸留所設立の経緯についてうかがいました。
もともと外資系の金融機関で働いていた島岡さんは、日本でのオフィスが丸の内だったこともあって軽井沢に自宅を構えました。「都会の暮らしより、自然が豊かな環境に心が安らいだ」と話します。
「2016年頃には縁あって軽井沢市内の旅館を譲ってもらい、経営をしていくなかでこの地域が持つ豊かな魅力に惹かれていきました。御代田町にあったウイスキー蒸留所にもよく訪れていたのですが閉鎖してしまった。それで“私もいつかこの地域でウイスキーを作りたい”と思うようになったのです。それからはウィスキーの蒸留について知見を深めながら、熟成に適した土地を探す日々でした。小諸市役所をはじめとする地域のサポートもあり、この土地を紹介してもらったのが2019年の晦日のことでした。現在の熟成庫のあたりからの眺望がすばらしく、探し求めていた場所であることを確信したのです。起伏のある場所にある蒸留所は珍しいのですが、美しい森と豊かな水源はウイスキーを作るうえで最高の条件でした。そこから奇跡のような出会いに恵まれ、物事が動き出したのです」
「数年前からオンラインでアメリカの大学の蒸留に関する講座を受講していたのですが、これは一流の腕と経験を持ったチームが重要だと痛感した」という島岡さん。前職の仲間などの伝手を頼って紹介されたのが張郁嵐(イアン・チャン)さんでした。コロナ禍ということもあり、オンラインで開催された最初のミーティングは3時間にも及んだといいます。チャンさんは「島岡さんの決断力と情熱に触れ、人生の転機であり、最大のチャンスだと直感した」と、当時を振り返ります。この情熱はさらなる仲間を呼び寄せました。一人はウイスキーテイスティングに関するベストセラー『Whisky – A Tasting Course』の著者であり、ウイスキーイベント会社「The Whisky Lounge」の創設者でもあるエディ・ラドローさん。小諸蒸留所では「ウイスキーアカデミー」のプログラムを監修しています。そして、財務の最高責任者を務めるのが妻でもある島岡 良衣(しまおか よしえ)さん。自身の会社を経営していたにもかかわらず、チームに参加して財務から企画、マーケティングまで担います。さらに、志をともにした若いスタッフも県の内外から集まってきているというから、心強い限りです。
蒸留所とビジターセンターの設計を手掛けたのは、SOGO建築設計の建築家、十河 彰(そごう あきら)さんと麻美(まみ)さん。ガラス張りのファサードはモダンで、下から見上げるようなアプローチは青空とのコントラストが実に鮮やか。森の奥からは貯蔵庫の丸い屋根が頭を出します。空調設備を使わずに長期熟成に耐える環境を構築するなど、大自然のなかにあって個性と革新性を堂々としめしています。ウイスキーの原酒を製造する蒸留所には世界的に評価の高いフォーサイス社(スコットランド)製のポットスチルが並び、事前に予約すれば工場を見学することも可能です。また、製造過程で排出される廃棄物も家畜の飼料などにリサイクルされています。蒸留所にはビジターセンターが併設され、どこからでも蒸留の様子を見ることができます。1階のバーではシグネチャーカクテルやノンアルコールのモクテルなどを楽しめるほか、ショップではスキットルなどウイスキーにまつわる興味深いアイテムを購入することもできます。こうした取り組みは世界でも珍しい革新的なものが多く、イノベーションを起こしていこうという気概を感じます。
2023年7月のグランドオープン前からも多くの見学者が訪れ、2024年2月にはアジア圏の蒸留所として初となる「World Whisky Forum」の開催も決まりました。熟成前のニューメイクと呼ばれる原酒をいただきながら、マスターブレンダーのチャンさんにお話をうかがいました。
「私は母国の台湾にあるカバランというディスティラリー(蒸留所)でマスターブレンダーとして多くの経験を積みました。師匠であるジム・スワン博士の教えを忠実に守りながら、その土地の魅力や特徴を最大限に生かしたウイスキーを作っていきたいと思います。ウイスキーは蒸留した後、樽で熟成させることで味わいが深まります。つまり、美しく香り豊かな琥珀色の液体を楽しむためには、待つ必要があるのです。小諸蒸留所では6ヵ月や1年といった熟成の途中で、変化の途中にある味や香りの違いを体験していただけるようにしようと思っています。12年も待たせてしまっては、みなさんも忘れてしまうでしょうから(笑)。この場所では我々の情熱や、ウイスキーにまつわる世界中のストーリーや味の違いに触れてもらえる場所になることを願っています。小諸のストーリーはまだ始まったばかりですが、ここはおいしいウイスキーを作るために必要なものが揃っているので、きっと素晴らしい一杯ができあがりますよ。私もいまから楽しみです」
小諸蒸留所のウイスキーが世に出るまでにはまだ少し時間がかかりますが、先立ってオープンしたビジターセンターの2階にはウイスキーの初心者から上級者までが楽しめる体験型ワークショップ「ウイスキーアカデミー」が設置されています。初級から上級までさまざまなコースが用意され、今後もさらなるコンテンツが追加される予定です。例えばウイスキーの楽しみ方のひとつに“香りの発見”がありますが、アカデミーではフレーバーチャートやアロマホイールを活用して体系的にウイスキーの楽しみ方を学ぶことができます。ほかにも蒸留の様子を見学しながらプロセスを学んだり、バーではカクテルの作り方や世界各国のウイスキーを飲み比べたりと、ウイスキーを取り巻く文化についても深く知ることができます。ミズナラのバーカウンターを前に「ここでウイスキーを好きになってもらえたら幸せ」と、チャンさんは目を細めます。
今回、はじめて熟成前のニューメイクを試す機会に恵まれました。よく、良いウイスキーは余韻が長いと例えられますが、この生まれたての原酒はすでに芳醇な香りとスムースなのどごしに加えて、豊かな余韻を感じさせることに驚きました。エディー・ラドローさんも「このステージでは珍しい」と評するほどで、熟成による変化が待ち遠しくなります。取材を通して感じたのが、若いスタッフが多く、のびのび楽しそうに働いていること。チャンさんも積極的に話しかけているのが印象的でした。「ウイスキーはとても時間のかかるビジネスですから、私が師匠から受け取ったものをさらに磨き、次の世代に伝えていくことも役割のひとつ」というチャンさんの想いを感じます。ストレートはもちろん、ロックでもハイボールでもいろんな楽しみ方ができるウイスキー。小諸蒸留所ではウイスキーの味だけでなく、熟成によって成長するプロセスや働く人の想いなどに触れることによって、いままでとは違った楽しみ方を知ることができました。生まれたての原酒が豊かな自然の恵みをたっぷりと吸い込んで、樽の中でゆっくりと琥珀色に仕上がる日が楽しみです。
〒384-0801 長野県小諸市甲4630-1
営業時間:10:00〜19:00
定休日:火曜日
ご予約はこちらから:
https://komorodistillery.resv.jp/
セゾン・アメリカン・エキスプレス®・カードが
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