中軽井沢のリトリート・コレクション「ししいわハウス(SSH)」に待望の3棟目が誕生しました。建築家の西沢 立衛(にしざわ りゅうえ)さんが手がけた「SSH No.03」は、日本の伝統建築をオマージュしたヒノキ張りのハウス。直線的でありながら、「室」と「間」が複雑に交差した空間は、自然と光を感じる透明感が印象的です。徒歩圏内に3つの名建築が揃い、楽しみと深みを増した「ししいわハウス」の魅力についてうかがいました。
個人の邸宅や美術館など、さまざまな建築を手掛けられている西沢さんですが、「SSH No.03」のプロジェクトはどのようなきっかけではじまったのでしょうか?
「ホテルディレクターのフェイさんとは、数年前に初めて会いました。当時は“ひとが寛げる場所を作りたい”ということで、仕事を依頼されるというよりも、単に会って意見交換する感じでした。2019年頃に久しぶりに連絡があり、具体的に軽井沢のホテルプロジェクトとして『ししいわハウス 軽井沢』の概要とNo.03の話になったと記憶しています。そこから打ち合わせを重ねていくなかで、日本的であることや軽井沢の自然を感じる建築であること、そして木造建築であることなど、主軸となる要望が出てきました。私自身コテージなどを手掛けたことはありましたが、ホテルを設計するのは初めてだったので、いくつかプランを提案しながら進めていきました。コロナ禍での進行でしたが、親密なミーティングだったのを覚えています」
実際のホテルを拝見して、まるで寝殿造りの「渡殿(わたどの)」のような廊下で結ばれた空間が印象的でした。ホテルの設計を手掛けてみた印象はいかがでしたか? 今回の建築にはどのような特徴があるのか教えてください。
「仕事で海外に行くことも多かったので、ホテルの設計には以前から興味がありました。滞在する土地によって歴史や文化も異なりますし、宿泊施設としての魅力もさまざまです。私が良いと感じる空間は、そこが“人間の場所”になっているかということです。感覚的に言えば“人が心地よいと感じる空間”であることに尽きるのですが、今回の設計にあたっては私なりにその問いに向き合いました。特徴的な要素として挙げられるのは、室と間の関係を見直したことです。客室や共有スペースの間に4つの中庭を作り、それらを半屋外の回廊が繋ぐことで、ゲストが自然に内と外を行き来するようになっています。雁行(がんこう)する空間を奥へ進むと動線が折れ曲がり、同じ建物なのに景色ががらりと入れ替わる。このダイナミズムと透明感は日本建築らしい要素だと思います」
空間としての連続性がありながら、いる場所によって雰囲気が変わる独特の居心地のよさを感じました。また、客室以外にもさまざまな共有スペースがあり、敷地以上の広がりを感じます。
「フェイさんと話していたなかで、木造であること、日本的空間であること、軽井沢の自然を感じられること、などの要望がありました。木造建築は以前から興味があり、さまざまなプロジェクトで取り組んでいる構造体でもあります。木造には鉄骨よりも柔らかさや親しみやすさを感じています。また、2階建ての9棟と平屋建ての1棟という計10棟の分棟形式にしたことで、“多機能多中心”という状態を生みだしています。移動空間である廊下に余白を設けることで寛げる縁側のような機能性を与え、客室も四方に窓を設けることで景色が抜け、空間として奥行きを与える間として使うことができます。廊下が移動空間だけでなく滞在空間になる、というのが多機能的な要素の一例です。そして、多中心的な要素として内と外、パブリックとプライベートなど、自分の居場所を中心に空間の序列が変わるような場所にしています。どこにいてもその場所を居場所として感じられることで、客室だけでなくハウスの全体に滞在しているような感覚を目指しました。周囲のみずみずしい自然との調和を成していることで、数字以上の空間の広がりを感じていただけると思います」
「ししいわハウス 軽井沢」のプロジェクトは、建築家のデザインと地元の職人さんによる建築技術が融合しているホテルプロジェクトだとうかがっています。今回の建築にあたって印象的な出来事はありましたか?
「今回の建設にあたっては、現地で過ごした時間に学びがありました。軽井沢へ行ったことは何度もあるのですが、改めて自分の脚で歩き、風土などを咀嚼することで、建築と自然との関係性への理解が深まったように思います。今回、とくに印象的だったのは施工をお願いする職人さんが一緒に回って視察してくれたことです。建築という共同作業において、同じものを見て、共通の体験を積み重ねることができたのは非常に有意義でした。土地の気候に根差した考え方や、木造建築におけるケーススタディなど、多くの学びがありましたね。例えば縁側という言葉ひとつとっても、どういうイメージでどれくらいのスペースをイメージしているのか、柱梁(ちゅうりょう)や下屋(げや)といった構造の透明度が高い木造建築において、細かなニュアンスを共有できたことはとても有効に働いたと思います」
室内にはヒノキがふんだんに使われていて、黒い外壁とのコントラストが鮮やかでした。今回はインテリアもご自身でセレクトされたそうですが、室内空間においてはどのようなことを考えたのでしょうか。
「客室には無垢のヒノキを使いました。ヒノキは最も日本的といえる素材のひとつで、伊勢神宮など神社仏閣の多くもヒノキで作られています。客室の壁や床、造作家具まですべてヒノキで仕立てることで、室内を明るく感じさせてくれます。フレッシュな香りが自然の景色と相まって、外と中の一体感を感じる空間に仕上がりました。障子のような効果をもたらすカーテンの採用など、全体的に光を感じる客室空間だと思います。家具はピエール・ジャンヌレのラウンジチェアなど和の空間とも馴染みのよいものを選びました。アートはフェイさんのコレクションの一部が展示されています。また、客室以外にも共有空間としてラウンジや茶室、バスハウスなどが配置されているので、それぞれの空間で異なる体験を提供しています。さらに、SSH No.02のダイニングなどを利用すれば、軽井沢の自然との一体感をもっと楽しんでいただけると思います」
これまで数々の建築を手掛けられてきましたが、SSH No.03はこれまでのプロジェクトにおいてどのような位置づけの建築になりましたか。
「仕事に向き合う際にはいつも自分なりの課題に向き合うのですが、今回もいくつかの課題意識や興味を持って取り組みました。現代の建築はこの100年で大きく進歩しましたが、同時に検証するべき課題も多く生んでいます。特に日本ではスクラップアンドビルドによって新しいものと古いものがモザイク状になっていて、ヨーロッパの都市形成とは違う進み方をしてきました。例えば空き家なども社会問題として捉えるのか、家族の歴史的な記念碑として捉えるのかによって意味が変わってくるわけです。その影響はまだわからない部分も多いのですが、わたしたちは常に建築が人に与える影響に目を向ける必要があります。今回のプロジェクトでは日本の伝統的な要素を多く取り入れていますが、構造や間の取り方、自然との融和など、建築家として多くの興味ある課題に取り組むことができました。純粋な日本建築というよりは日本“的”現代建築として、現代的な居心地のよさをもった建築になったと思います」
西沢さんはインタビューで「人間の空間」について解説しているとき、「居心地のよい空間とはその場所だけではなく、取り囲む空間をどうつくるか、も大きい」と話していました。実際にSSH No.03を訪れてみると、杉板を黒く塗装した外壁は周囲の自然の陰影に溶け込み、鮮やかな緑を引き立てています。回廊に腰掛けて中庭を眺めてみれば、のびのびとした自然と端正な植栽のコントラストが際立ち、吹き抜ける風とともに室内とも屋外ともいえない不思議な感覚に包まれます。客室に入ればヒノキの芳醇な香りが清々しく、無垢な白さが外光を含んで空間全体がぼんやりと輝いているように感じられたのが印象的でした。夏の突き刺すような強い日差しと、下屋の落とす陰がさまざまな形に切り取られることで、室内にいても太陽の位置を感じることができます。一見するとストイックな空間ですが、建築単体ではなく周囲との緻密な関係性に豊かな精神性を感じることができました。坂 茂によるSSH No.01、No.02に続き、SSH No.03でひとまずの完成を遂げた「ししいわハウス 軽井沢」のリトリート・コレクション。中軽井沢の千ヶ滝エリアは、これから建築の聖地としても注目を集めるかもしれません。
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