国内旅行も少しずつ盛り上がってきましたが、都心から比較的手軽にアクセスできるウェルネスデスティネーションはとりわけ耳目を集めるようです。ゆったりと過ごせる客室、自然の力を活用したトリートメント、季節の旬と土地の恵みを頂くお食事など、滞在先でのウェルネスプログラムは忙しい現代人に取って至福のひとときを与えてくれます。ユニークな「ルフロ湯治」を完備した癒やしの隠れ家で、師走の前に心と身体をゆっくり整えてみませんか。
神奈川県小田原市江之浦。小田原と熱海に挟まれた丘陵地帯で、冬になると相模湾を見晴らす高台の一面を蜜柑が彩ります。このエリアで柑橘類が良く育つ理由のひとつに、海面に反射した太陽光を受ける地形があります。「東洋のリビエラ」とも称えられ、陽光降り注ぐ地でありながら、喧噪から隔絶された心地よいプライベート感は疲れを癒やすのにぴったりの場所です。2021年夏、海岸線を走る国道135号線から山道を登った先に誕生したのが「江之浦リトリート 凜門(りもん)」。心と身体を整えて「はじまりの一日」を迎えることをコンセプトにしたホテルです。
代表の瀬戸 ひふ美さんは地元の出身で、リトリートを計画する前から、周辺地域の空き家問題や様々な地域課題に取り組んできました。ホテルを企画することになったきっかけは、母親の療養だったといいます。病院での治療が終わり、退院したあとの回復を助けたいという想いから、空き家になっていた企業の保養所をヘルスリゾートのような場所にできないかと考えました。客室や料理、ウェルネスプログラムはもちろん、働く人の環境についても「スタッフが元気でなければお客さまを癒やせない」と考えたそう。そこで、みんながしっかり休めるように定休日を設けました。「最初は驚かれましたが、スタッフだけでなくお客さまからも好評です。もともとホテル業の素人だったのが良かったのかもしれないですね」と笑います。
決して広いとは言えない敷地ですが、客室数を抑え、高さを活かしたレイアウトが動線に奥行きを与えています。外観からは想像できない開放的な空間は、まさにリトリートの醍醐味。チェックインと同時に感じるゆとりと心地よさが、ゲストに寛ぎを与えます。
「実家が建設業を営んでいるということもあり、未来に残せるホテルとして設計しました。建物は築30年の物件をリノベーションしているのですが、建材にはプラスチックや樹脂、塗料などを極力使わず、天然の木材や竹、土などを自然に調和させています。空調はエアコンを置かずパネルシェードで調節し、電力もカーボンフリーの地域電力を採用しています。また、情報から距離をとってゆっくりお過ごしいただきたいという考えから、客室にはテレビを置いておりません。冷蔵庫には丹沢の水や季節のハーブティーをご用意し、館内着にはオーガニックコットンを使用しています。ヴァージンコットンの“落ちわた”で作った靴下はお持ち帰り頂けるので、ご自宅でも豊かな気持ちになっていただけたら嬉しいです」
建物の地下一階は「ルフロ湯治」というウェルネスプログラムのフロア。ルフロ湯治とは天然温泉に熟成させた土と多様な鉱石を混ぜ、高熱を加えることで高濃度の温泉成分を抽出した「クラフト温泉」を使用したミストサウナのようなもの。サウナより低温の40℃前後に設定された薄暗い部屋には、全国から集められた「薬石」と呼ばれる12種類の国産天然鉱石が敷き詰められています。専用の湯治着に身を包み、そっと横たわると石からの熱と蒸気で身体が芯から温まり、大量の汗が吹き出します。15分ほどじっくり汗をかいたら外へ出て、涼しい風に当たって水分補給。これを3セットほど繰り返します。最初の2回は少し息苦しく感じたのですが、3回目ですっかり身体が軽くなり、視界がクリアになったような気がしました。仕上げに内湯でしっかり温まると、汗をかいても肌がさらさらとしているため、老廃物の質が変わったのを実感できます。
余分なものを削ぎ落とし、無駄を出さないという考え方は料理にも通じます。「食材を余すことなく使うこと、というのが瀬戸さんとの約束でした」と話すのは、料理長の松本 淳(まつもと じゅん)さん。
「わたしの料理は、和食をベースにイタリアンや中華のエッセンスを組み合わせているのが特徴です。朝、近所の漁港や農家から届いた食材をじっくり吟味して、お昼頃に献立を決めるようにしています。凜門に来てから薬膳やアーユルヴェーダなどの資格も取り、“人間にとって食べるとはどういうことなのか?”という料理の本質を問うようになりました。谷崎 潤一郎の『陰翳礼讃』を読み、なにもない江之浦の地で命が調和するような食を目指すのも面白いのではないかと考えています。その象徴のひとつが『野菜のエスプレッソ』で、野菜クズとして捨てられてしまう部分を鍋に入れて、ずっとエキスを抽出し続けたスープです。料理のアクセントにもベースにも使えるので、重宝しています。ともかく美味しい料理を食べて元気になってもらう。これが“食医”を目指しているわたしの目標です」
この土地の魅力について松本さんに伺うと「どの土地が良いというより、違いがあること自体が素晴らしいのだと気付いた」と話します。野菜のエスプレッソに生姜や朝鮮人参を加えた「秋冷の解表湯」で胃を温めて、香味が食欲をそそる「尾長鯛昆布〆」で地酒をひとくち頂く。香りや食感、温度などが幾層にも重なった一皿は、和食でありながらどこか無国籍な印象を受けます。10皿に及ぶコース料理は斬新なアイデアにあふれ、コストや効率を優先しない心尽くしのもてなしを感じました。
朝食は、とくに素晴らしいものでした。身体に良さそうな料理が盃やお猪口などの小振りな器に盛られ、見た目にも鮮やか。「この朝食だけで、一日の栄養のほとんどをカバーしています」と、松本さん。まるで、“はじまりの一日”を祝福しているかのようです。夕食も朝食も、たくさん食べたのに胃もたれを感じないのが不思議です。
空が明るくなるのと同時に自然と目が覚めました。ぐっすり眠れたのか、身体がまだポカポカと温かいのがなんとも心地よく感じます。せっかくなので近所を散策してみると、まだ青い蜜柑が鈴なりに実をつけ、朝陽を浴びていました。坂を下っていくとなかなかの急勾配で、相模湾がキラキラと輝いて見えます。
初めて訪れた江之浦ですが、こんなにも穏やかで静かな場所だとは知りませんでした。そんな話をしていると、「もしお時間あれば、すぐ隣の『小田原文化財団 江之浦測候所』に寄ってみませんか?」と瀬戸さん。なんと、凜門の宿泊客は事前予約なしで入館させてもらえるとのこと。嬉しいサプライズに、心も身体もすっかりリフレッシュできました。電車でも車でもほどよい距離にあるリトリートは、つかの間の休息にぴったりです。
〒250-0025 神奈川県小田原市江之浦218−1
Tel. 0465-27-3711
受付時間:10:00〜18:00
定休日:火曜日
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