トスカーナ州南部に位置するシエナ県モンタルチーノ市。この土地に約850ヘクタールのブドウ畑を所有するワイナリー「Banfi(バンフィ)」が生み出す“ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ”は世界中で高く評価されています。カステッロ・バンフィ・ワインリゾートでは、シンボルの「カステッロ(お城)」を中心に隣接する美しいホテル「Castello Banfi - Il Borgo(イル・ボルゴ)」やレストラン「La Sala dei Grappoli(ラ・サラ・デイ・グラッポリ)」でゆっくりと滞在することができます。イタリア屈指のワイナリーで過ごすひとときをご紹介します。
バローロやバルバレスコと並び、イタリア三大銘酒といわれる「ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ」。意外にもその歴史はまだ135年足らずです。ブルネッロの元祖であるサンジョヴェーゼ種はイタリアでも人気の品種で作付面積も多いのですが、温暖な気候でなければ完熟させることが難しく、良質な葡萄を育てるのが難しい品種だと言われています。トスカーナの土壌は比較的サンジョベーゼやその亜種の育成に適した土地が多く、キャンティなど代表的な銘柄はトスカーナ地方に集中しています。古くから植えられているサンジョヴェーゼ100%で作られた「ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ」が1980年ヴィンテージにトスカーナ州で初の「DOCG(格付け等級の最上位)」に認定されたことを契機に、モンタルチーノ村の生産者は次第に自ら造るワインがイタリア国内外の市場に出せるチャンスを感じ取ります。このとき大きな変革をもたらしたのがBanfi(バンフィ)社です。1980年代にはクローン選別や土壌分析など数々の研究を行い、モンタルチーノに近代的なワイン造りを根付かせ、世界にその名を広げました。
モンタルチーノでも最大級の敷地を誇るBanfi社の創業一族であるマリアーニ家は、1970年代にアメリカでイタリアワインを輸入して成功を納めていました。アメリカでも人気が出てきたブルネッロに高いポテンシャルを感じ、祖国であるイタリアでワインを造りたいと考えていたところ、モンタルチーノのワイナリーから売却提案を受けたことでBanfi社の歴史が始まります。資本を投資して近代的な栽培方法と醸造技術を導入し、モンタルチーノの品質を向上させました。最高経営責任者のクリスティーナ・マリアーニ=メイさんにお話をうかがいました。
「我が家がBanfi社を設立して以来、病気に強い台木や剪定方法などを研究しながら持続可能な畑を目指してきました。ここは火山性、海洋性、石灰岩など、いくつかの地質時代にまたがる多様な環境で、さらに標高の異なる29の土壌に分かれています。ですから連続した土地であっても精密に調査し、葡萄の樹が一本ずつ適切に成熟するよう管理していることがBanfi社最大の特徴といえます。しかし、葡萄は私たちの農地の3割程度でしかなく、ほかにもオリーブやプラム、小麦、蜜蜂なども自社で育てています。こうした持続可能な環境的、経済的、社会的側面における継続的な業績が認められ、イタリアワインのサステナブル認証団体である「EQUALITAS」から認証を授与されました。サンジョヴェーゼはテロワールを受け継ぐことで知られる品種なので、これからも私たちにしか作れない、それでいて多くの人に喜んでもらえるワインを造り続けていきたいと思います。ぜひ、ワインとともにこのリゾートで寛ぎのひとときを過ごしてもらいたいです」
現在102ヵ国、年間1000万本のワインを販売するBanf社i。そのワイン造りには自然の恵みだけでなく、たゆまぬ研究開発の足跡が見られます。現在、Banf社イタリア国内の営業としてイタリア北東部の5州を担当するエリアマネージャー、宮島 義明(みやじま よしあき)さんにお話をうかがいました。
「F1が好きでフェラーリのファンだったため、大学の卒業旅行で20日ほどイタリアを旅したのがこの国へ来ることになったきっかけです。ボローニャでイタリア語を勉強し、通訳のアルバイトや食の専門誌で記事を担当したおかげでイタリア各地を訪れることができました。私がBanfi社に入社したのはもう27年前になりますが、当時からグローバルマーケットで評価されるべく研究開発に余念がないワイナリーでした。この地域ははるか昔、海の底だったので、いくつかの地質時代にまたがる多様な土壌です。畑を細かく分析するのはもちろん、大学とも共同研究などを行い、病気への耐性研究や気候変動への対応にも備えています。また、製造においても、オーク樽とステンレスの良い部分を合わせた発酵槽『ホライゾンシステム』を独自開発するなど、時代の変化やワインのトレンドに合わせて醸造方法を見直し続けています。ワインが眠っているカーブを我々は『ブルネロ大聖堂』と呼んでいるのですが、Banfi社のたゆまぬ努力と挑戦の歴史が詰まった場所だと感じています。ぜひゆっくりと滞在していただき、ワイン造りやこの土地の歴史にも触れていただけると、より深くテロワールを知る贅沢な体験ができると思います」
イタリア屈指のワイナリーから車で5分ほどの場所に、シンボルの城「Poggio Alle Mura(ポッジョ アッレ ムーラ)」があります。1200年に建てられたもので、内部はライブラリーとゲストのためのガラスミュージアムになっています。もともとこの場所は80人ほどが暮らす小さな村でした。現在は村にあった建物をゲストルームに改装し、プールやジムエリアを配置することで、ルレ・シャトーやミシュランキーを獲得するワインリゾートを形成しています。ヴァイス・プレジデントでホスピタリティ・ディレクターを務めるエリザベス・ケーニッヒさんにお話をうかがいました。
「14室の客室からなるブティックホテルで、世界中のワインラバーが訪れるオーベルジュでもあります。フィレンツェやローマ、ベネチアなどの観光地を巡ったあと、ここでゆっくりと寛いで、おいしいものを食べる。E-bikeなども用意していますが、ゲストのほとんどはただリラックスして過ごしているようです。ワインを片手にプールサイドで寛ぐことは、バカンスの締めくくりに最高だと思います。特に、ライトアップされた夜のポッジョ アッレ ムーラ城は魔法にかかったような幻想的な美しさ。朝のオルチャ渓谷と夜の古城の美しさを堪能できるのは、宿泊したゲストだけの特権です。私たちはただのワインメーカーではなく、ひとつの大きなファミリーです。ワインは一人で飲むよりも、わいわいと楽しみながら飲むのが似合うと私は思います。ですから、宿泊したゲストには私たちを家族や仲間のように感じてもらえるホスピタリティを提供したいですね。ご自宅のように寛いでいただけたらうれしいです」
さっそく客室を案内してもらうと、素朴で愛らしいインテリアデザインに胸がときめきます。もともとは鍛冶職人などこの村で暮らしていた人々の住宅を改装したもので、当時の牧歌的な雰囲気と窓から望むオルチャ渓谷の風景に癒やされます。ベッドやインテリアなどの設備は現代的にアップデートされているため、滞在は快適そのもの。部屋ごとにレイアウトが異なり、伝統的な色使いや装飾がトスカーナらしさを感じさせます。
内装を手掛けたのは著名なイタリア人デザイナーのフェデリコ・フォルケ。バレンシアガのもとで修行し、後に自らの名を冠したメゾンを立ちあげたクチュリエとして活躍しますが、やがてインテリアデザイナーやガーデンデザイナーに転身しました。「彼はデザイナーとしてすばらしいのだけれど、車を運転しないので送り迎えなど大変だったわ(笑)」と、エリザベスさんは笑います。
そして、日が沈み出すと「La Sala dei Grappoli」のテラスでディナーが始まります。テラスから眺める景色は息をのむ美しさで、丘に伸びる糸杉の陰が実に幻想的です。
最初の一杯は一年間で1000本しか作られない特別な「BANFI Brut 2013」から。夏の夜風にぴったりの華やかでゴージャスな風味は、まさにこのレストランのための一本。続いて「Cuvée Aurora 2016 Alta Langa DOCG」、「Poggio Alle Mura 2019 Brunello di Montalcino DOCG」など、料理に合わせて珠玉のワインがペアリングされます。
コースは前菜に魚介、パスタ、肉料理を幻想的なメニューで組み立てています。遊び心に満ちた見た目と味のギャップで会話が弾む前菜、ティレニア海の海老とオシェトラキャビアにリンゴの風味が爽やかな青いソースを合わせたひと皿など、驚きの演出にテーブルは盛り上がります。パスタには「Torelli maremmani my way 3.0, Sunday memory」と名付けられ、シェフの幼少期に過ごしたマレンマ地方での思い出のひと皿を頂きます。詩的でユニークな料理からは、品格と知性で食事の時間を楽しませようというシェフの想いが伝わります。メインは敷地内で獲れた猪を30時間煮込んだジビエ料理に特別な赤ワイン「Poggio Alle Mura Riserva 2008 Brunello di Montalcino DOCG」を合わせました。ひと皿と一杯の組み合わせに込められたストーリーは、この場所でしか味わえないエンターテインメントです。
エグゼクティブ・シェフのドメニコ・フランコーネさんは、24歳の頃にもこのレストランで働いていました。その後イギリスやオーストラリアなど世界中を回ってさまざまな経験をし、2015年にはエグゼクティブ・シェフとしてこの場所に戻ってきました。
「私はプーリア州の出身で、こどもの頃に自宅で食べたトマトパスタの味や食の原体験が今の私の真ん中にあると思っています。その外側にシェフたちから学んださまざまな経験があり、そして僕自身がいろんな国を訪れて五感を使って吸収してきたことが今の料理を生んでいます。だからこれからもいろんなことを学び、知ることで変化していくでしょう。とても大切にしているのは、いまこの土地にいるということ。Banfi社のワインに合わせて、限りなく凝縮されたテロワールを届けることを大切にしています。さらに、葡萄以外にも農園ではさまざまな農作物を収穫していて、広大な土地では動物も捕れます。ですから、私たちはここで提供されるほとんどの素材を知っている生産者でもあるのです。この“テリトリーを大切にしている感覚”は料理人にとってとても大切なもの。ここ数年もすばらしいワインができあがっているので、私も相応しいひと皿を作りたいと思います」
スタッフの方々から話をうかがうなかで、“持続可能”という言葉が何度も出てきました。認証制度の取得などは現在の世界的なトレンドの影響もあると思いますが、そもそもこの土地ではワインや食事が生活と密接で、それがごく当たり前に続けられてきた営みであることを実感します。「ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ」は収穫から4年以上を生産過程に費やし、Banfi社のワインには飲み頃になるまで20年や30年必要なものも多いのです。そんな未来を想像しながらワインを造り続けてきた人たちにとって、ワインはきっと自分だけが楽しむものではなく、こどもや孫、ずっとその先の世代に向けた贈り物だったのでしょう。宮島さんが話していた「昔の伝統は概ね正しい」という言葉も、「一本飲むごとに、この世から一本消えていく」という想いも、ワイン造りにおける真実だと実感します。シェフの料理を頂きながらグラスを傾けていると、その向こう側に連綿と続く人と自然の共生を感じ、テロワールの本質に触れた気がするのでした。