昨今の記録的な猛暑や水害は農作物に大きな影響を及ぼしています。そんな環境の変化の中、厳しい夏の暑さや雨風に負けない米として令和3年に本格デビューした「京式部」。丈夫なだけでなく、「京都の老舗料亭も認める」というコンセプトで、どんな料理にも合うバランスの良さも魅力です。今回の取材では、新しいブランドを開発することになった背景から、実際に生産を担う農家さん、お客様に料理を出している料理人などへの取材を通して京式部の魅力に迫ります。
2013年にユネスコ無形文化遺産にも登録された日本人の伝統的な食文化「和食」。その根幹ともいえるお米は、生産も消費も年々減少傾向にあります。生産者の数は1970年の約466万戸から減少を続け、2020年には約70万戸と大幅に減少。米の生産量も1970年には1,253万トンから2020年には776万トンと4割以上減少しています。一人あたりの年間の消費量では昭和37年度の118kgをピークに、令和2年度では50.8kgと半分以下に減少しています。「パンやパスタなどの小麦製品の拡充に加え、糖質制限などのブームも手伝って米離れが加速し、全体的な人口も減少していることから、近年では年間10万トンのペースで需要が減少し続けているのが現状です」と、京都府農林水産部農産課の副主査を務める吉永 真(よしなが まこと)さんは話します。
さらに、毎年更新される異常気象が追い打ちをかけます。日照時間を不安定にさせる梅雨前線、局所的な水害をもたらす線状降水帯、温暖化による台風の大型化や平均気温の上昇など、農業や水産業などの生産者にとっては未曾有の事態が続いています。実は、1993年のラニーニャ現象による冷夏などが招いた「平成の米騒動」以来、日本では気候変動に対するリスクを抑えるために品種の入れ替えや継続的な品種改良を行ってきました。冷夏対策として誕生した「ひとめぼれ」などを筆頭に、全国の産地では高温に弱いコシヒカリに変わる高温耐性を持つ品種の改良が続けられ、新しいブランド米として発表されています。
京都では丹後産のコシヒカリが有名でしたが、近年の記録的な猛暑によって米が熟す時期が高温になってしまい、米の品質が悪化する事態に陥っています。味や見た目などの品質が落ちれば価格も下がり、生産者は大きな損害を受けるため、農家の需要と時代の変化に応える形で京都府が新たに開発したブランドが「京式部」です。2017年に有望な品種系統11種を育て、2018年に京料理の伝統を守る「京都料理芽生(めばえ)会」やお米マイスターによって5系統を選抜。翌年にはさらに3系統に絞り、2019年に現在の品種が選抜されました。2020年に品種登録出願され、京都府内で統一の栽培・出荷基準を設定し高い品質の維持に努めます。同課の主幹兼係長の山川 彰宏(やまかわ あきひろ)さんは「暑さに強く育てやすい、京料理の伝統的な炊き込みご飯や白飯でもおいしい京都のお米が誕生した」と自信をのぞかせます。
「土作りはもちろん、田んぼの水量を調節したり、収穫期を調整したり、そういう昔ながらの技術が通用しない」と、近年の状況を話してくれたのは京都府綾部市の農事組合法人「グリーンファーム鷹栖」の代表理事組合長を務める四村 義治(しむら よしはる)さん。2023年は京式部を2.7ヘクタール育てました。
「地球沸騰化と言われだすなど、近年の気象は予想がつきません。特に2023年は長い梅雨が明けてから1ヵ月も雨が降りませんでした。その間、異常な高温が続くものですから作物を作るうえで本当に苦労しています。京式部は2年前から栽培していますが、高温耐性があり、粒が大きく、コシヒカリより背が短いので倒伏しにくいなどの特徴が魅力的です。一方で、田植えの時期や使う肥料の種類と量、特別栽培基準として使える農薬の種類も制限されます。収穫後の乾燥も2段階に分けるのですが、ひと手間かけることで水分が均一になり、食味が良くなります。米粒の大きさや色なども細かく選別されていますが、京都を代表するおいしい米を作るためと思って頑張っています。炊き込みご飯やおにぎりなんかにしても旨いですよ」
四村さんたち生産者大切に育てた京式部を選んだお店のひとつが「祇園 にし」の西 隼平(にし じゅんぺい)さん。日本料理店でありながら、伝統にとらわれず新しい味を追い求める姿勢に、近隣の芸舞妓さんをはじめ東京からも常連が足を運びます。京式部を選んだ理由についてうかがいました。
「20歳で日本料理の世界に入り、イタリアンなども学びながら32歳の時にこのお店を開きました。自分の料理を進化させようと思ったときに、お米屋さんと一緒に6種類のお米をブラインドテストしてみました。全部同じ条件で炊いて、白飯で食べたときにこのお米が一番おいしかったんです。うちはコースでお料理を出すので、〆に炊き込みご飯を出すことが多いのです。京式部は釜で炊いても大きめの粒が出汁をしっかり吸ってくれるので、旨味がお米としっかり合わさり艶が増すんです。唯一合わせるのが難しかった料理が、お鮨。粒が大きいので具材とのバランスが難しく、酢飯にするとお米の味も変わりすぎてしまいました。それ以外はどんなおかずにも相性が良く、使いやすいですね」
実際に「鮭と松茸の炊き込みご飯 いくらのせ」をいただきましたが、お米がベタッとならず、粒がしっかりと立っています。炊きたての香りは松茸の香りと相まって食欲をそそり、鮭といくらの塩味がお米の甘さを引き立てます。「京式部に替えてから“どこのお米を使っているの?”と聞かれることが増えました」と、西さん。いままで京ブランドのお米がなかったので、自信を持って答えられるのがうれしいと言います。「お店では釜飯で出すことが多いですが、ご家庭ならぜひ白飯の旨さを堪能してほしいです」と教えてもらった炊飯器でおいしく炊くコツは、お米を研いだらしっかり水に浸すこと。それもできるだけ冷たい水で、1時間ほどしっかり浸すとお米の味が引き出せるそうです。
近年、毎年のように登場する新しいブランド米。なぜ次々と新しい品種の開発が必要なのか不思議に思っていたのですが、企画、生産、消費者のそれぞれの視点に触れたことで、地域の気候特性や伝統食との相性などさまざまな開発背景があることがよくわかりました。大陸から約3,000年前に稲作技術とともに伝えられ、日本で独自の発展を遂げたおいしいお米たち。季節や天候のリズムが大きく崩れ、生産者も減ってしまえば食べられなくなってしまう未来もあり得るのです。たゆまぬ品種改良は、今後も起こりうる気候変動や災害のリスクに備える未来への投資でもあり、地域の特徴を味わう楽しみが増えることでもあります。近所のお米屋さんやふるさと納税なども活用しながら新しい品種を色々と食べ比べてみることは、お米の未来を守ることにも繋がっているかもしれません。キラキラに輝く立派な稲を見て、新米を頂くのが待ち遠しくなりました。