「おいしい」から始める環境保全
FARMER YOU
ファーマー ユー
「おいしい」から始める環境保全
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ファーマー ユー

自給率や持続可能性など、さまざまな角度から注目を集める食の問題。最近では環境だけでなく、生産背景の向こう側にある物語を大切にした取り組みも増えています。なかでもおいしくてユニークなプロジェクトを提案しているのが「FARMER YOU(ファーマー ユー)」。人気商品のマダガスカルバニラを使った「究極のシューアイス」や、低利用魚を活用した「バリカツバーガー」は、どのような想いから生まれたのでしょうか。代表取締役社長の田尾 あゆみさんにお話をうかがいました。

次世代へつながるものづくり

「こどもが生まれてから、次世代へつながる仕事をしたいという想いが一層強くなりました。『どんな仕事をしているの?』とこどもに聞かれたときに、カッコよく答えたいとも思うようになったのです」と話すのは、株式会社ファーマーユーの代表取締役社長を務める田尾 あゆみ(たお あゆみ)さん。ファーマーユーは一次産業者や地方が抱える課題をテーマに、さまざまな企画・商品・提案を行う企業。レストランやコーヒーロースターなど、幅広いホスピタリティを提供するトランジットジェネラルオフィス(以下、トランジット)のプロジェクトから誕生し、2024年に法人化しました。

バニラ商人との出会い

次世代にバトンをつなげる仕事とは何か。ファーマーユーが法人化される前、トランジットで新店舗開発の担当をしていた田尾さんが「自然や生物多様性をテーマにした企画を実現したい」と考えていたときに出合ったのが、マダガスカルのバニラでした。

「ある日私たちが運営する渋谷の『PUFFZ』に、帽子を被った独特の雰囲気の男性がふらりといらっしゃいました。聞けば、マダガスカルで環境に配慮した『アグロフォレストリー』という農法で作っているバニラを扱っているバニラ商人とのことでした。さっそくサンプルを試してみるとバニラの風味がしっかりと感じられ、ワイルドで非常においしいものでした。すぐに商品化したいと思い、話を取り付けました」

森と人を守るアグロフォレストリー

「バニラ商人」こと武末 克久(たけすえ かつひさ)さんは、マダガスカル産バニラビーンズの輸入・販売をワンストップで手がけるCo・En Corporation (コーエンコーポレーション)の代表を務めています。アグロフォレストリーに魅せられ、マダガスカルのバニラを日本に紹介することに情熱を燃やしていました。

アグロフォレストリーとは、農業(アグリカルチャー)とフォレストリー(林業)を組み合わせた造語で、多種多様な植物を一緒に育て、森のような環境を再現し、自然の力を最大限活用する農法を指します。例えばバニラを育てる際には、パイナップルやレモングラス、ライチ、シナモンなども一緒に栽培することで、より理想的な環境が整います。違う植物同士の特性を活かしあうことで、肥料や農薬を使わなくても質の高いバニラを栽培することができるのです。

また、アグロフォレストリーはさまざまな作物を一緒に育てるため、一年を通して何かしらの農作物を収穫することができます。生産者は季節や気候によるリスクを軽減しながら収入を得ることが可能になり、多様性によって生産や収入を安定させる効果も期待できるのです。

「究極のシューアイス」誕生まで

マダガスカルのバニラを使ってシューアイスを作ることを決意した田尾さん。アイスクリームの製造においては、無添加クラフトアイスクリームブランドのHANDELS VÄGEN(ハンデルスベーゲン)に協力を仰ぎました。ハンデルスベーゲンの特徴である、乳化剤・安定剤・着色料・香料を添加しない独自の製法で、マダガスカルのバニラの濃厚な香りを活かしたアイスクリームが出来上がりました。バニラの豊かなミルク感とともに、芳醇な香りが口いっぱいに広がります。

「究極のシューアイス」と名付けられた商品は、マダガスカル大使館の公認企画として展開され、雑誌の「サステナブルスイーツアワード」を受賞。その後、アイスを作る際に煮出したバニラさやを使ったクラフトビール「MADAGASCAR VANILLA MILKSHAKE IPA(マダガスカル バニラ ミルクシェイク IPA」や、動物園や水族館などで限定販売するコーンでいただく「マダガスカルバニラのアイスクリーム」も開発されました。

磯焼けを対策するハンバーガー

「トランジットは非常に自由な社風。私がマダガスカルのバニラを使って事業を立ちあげたことが広まると、多くの社員が応援してくれました。『私の知り合いがこんな環境にやさしい事業をしている』など、周りに紹介してくれたことでチャンスが増えました」と、周囲の協力もあって田尾さんは多くの情報やコネクションを得ることになります。マダガスカルバニラから始まったプロジェクトはさまざまな方向へ広がりました。なかでも対馬のバリ(アイゴ)を活用した「バリカツバーガー」は、学生時代に海洋学に興味を持っていた田尾さんにとって思い入れの強いプロジェクトのひとつ。どのような環境課題に向き合ったものなのでしょうか。

「対馬で問題となっている、磯焼けです。磯焼けとは、海底の海藻や海草がなくなる現象のこと。磯焼けが起こると、海藻類が獲れなくなることはもちろん、小さな魚や稚魚、貝類などの棲家がなくなり、食物連鎖や海洋生態系の崩れを引き起こします。この課題を聞いたとき、いままでやってきたことと、これからやりたいたことがひとつに繋がってきたのを実感しました」

磯焼けの原因は温暖化による海水温の上昇に加えて、本来温暖な海域に生息するバリが対馬の海水温上昇に伴い生息範囲と数を拡大し、海藻類を食い散らかしてしまうことが一因だと分析されていたのです。ならば、「バリを食材として活用することで最適化を目指し、本来あるべき藻場を取り戻そう」と、「バリカツバーガー」の誕生に繋がりました。

「猫またぎ」をおいしく食べる

しかし、事態はそう簡単ではありませんでした。バリは、毒針や独特の身の臭みなどの理由から食用に適さず、市場では値がつかないため「未利用魚」に分類されてきました。対馬では、猫さえも見向きしない「猫またぎ」と呼ばれているそうです。

対馬でもバリの商品化を進める動きはあったものの難航していたところに、田尾さんが料理人を連れていきました。シェフの知恵と地元の水産加工会社の協力も得ながら、独特の臭みを最大限に抑える処理など試行錯誤を続けます。そして、約2年の歳月をかけてついにおいしいフィッシュカツが完成。フィッシュカツバーガー、あるいはシンプルにフィッシュツカツとして店舗で発売しました。
「バリを根絶やしにすることが目的ではなく、私たち人間の生活が引き起こした環境変化を少しでも食い止め、バリと人間が共存できる海の未来を目指しています。フィッシュカツの評判を聞いた都内の高級レストランがアミューズにバリを使ってくださり、スタッフにもお客様にも好評でした。工夫次第で、猫またぎが高額を払ってでも食べたくなる食材に進化するというのが、このプロジェクトを通しての新たな発見でした」

産地の課題から華やかなクラフトジンを

夏みかん発祥の地、山口県萩市で深刻な問題となっているのが農業の高齢化。耕作放棄地になりかけていた果樹園を引き継いだ新規就農者の夏みかんを商品化する「萩の夏みかんプロジェクト」も実施。およそ1.5トンもの夏みかんは、ジュースなどに生まれ変わりました。さらに、製造工程で余るみかんの皮を漬け込み、クラフトジンのメインボタニカルに再活用するという取り組みも始まっています。
このクラフトジンの開発には大分県佐伯市産のいちご「ベリーツ」もメインフレーバーとして活用しています。小規模農家の多い大分県で農家を絶やさず、さらに新規就農者にとっても魅力的な農作物として開発された新しい品種で、開発に8年もの歳月をかけたもの。県の研究者たちの熱意と努力によって生まれました。
想いの詰まった2種の農作物を福岡県久留米市の酒造メーカー「叡醂酒造(えいりんしゅぞう)」と、トランジットのコーポレートバーテンダーである水口 拓也(みずぐち たくや)がタッグを組み、クラフトジン「SPIN」が完成しました。夏みかんの爽やかな酸味と苦み、ベリーツのチャーミングな甘みと芳醇な香りが魅力です。

解決よりも、まずは知ってもらうこと

気候変動や不安定な世界情勢のなかで、食の課題は喫緊です。最新のプロジェクトとしては、2024年9月に銀座のモダンフレンチ「Opuses (オウパセズ)」で、「テイスト オブ ニュージーランド」と題して環境に配慮した食材を紹介します。

「サステナ先進国と言われているニュージーランドは、環境保護やアニマルウェルフェアに対して先進的な取り組みが行われています。牧草のみを食べて育った牛のグラスフェッドチーズや、海に負担が出ないように育てた“海の和牛”とも言われるキングサーモンなどを紹介する予定です。私は環境の専門家ではありません。ですから、私にできるのは、問題解決よりも問題提起だと考えています。例えば、バリを使ったフィッシュバーガーをいくら人間が食べても、すぐに磯焼けの根本的な解決には結びつかないかもしれません。でも、バーガーを通じて磯焼けという問題を知る人がひとりでも増えれば、何かが良い方向に動き始めるのではないかと思います。知ってもらうこと、気づいてもらうことが次の選択のきっかけになることを願って、いろいろなプロジェクトを紹介していきたいと思います」

おいしくておもしろい企画を続ける

「消費者の皆さんがおいしいものを食べたら、それが実は環境保全や持続可能な消費に貢献していた。そんなフード産業が当たり前になればいいなと思います。だからこそ、私たちはまずおいしさにこだわっています。ファーマー ユーが本当においしいものを作り、ちゃんとおもしろい企画を提供しているか、これからも見守ってくださるとうれしいです」
田尾さんは「未来を担うこどもたちのためにも、目の前の環境課題に対して思考を停止するのではなく、とにかく行動したい」と続けます。究極のシューアイスや萩の夏みかんを使った商品、クラフトビールなどは、オンラインショップや全国の展開店舗にて購入することができます。環境問題を考える「おいしい」体験に興味を持たれたら、ぜひ公式サイトをチェックしてみてください。その一歩がおいしい未来に繋がるはずです。

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