愛着の湧くキッチンツールと出合うことは、食卓を豊かにするだけでなく、日々のさりげない瞬間を愛でる喜びに繋がります。北アルプスの麓で、ユニークで愛おしい、ペッパーミルを製作する「木工ヤマニ」を訪ねました。
「木工ヤマニ」は、北アルプスの麓、長野県大町市に工房を構える木工ブランド。暮らしにまつわるプロダクトを製作しています。製作全体の8割を占めるというブランドの代名詞とも言えるアイテムが、ペッペーミル。木工ろくろ挽きで削り出された滑らかな曲線が描くフォルムと木材の素地を生かした温かみが魅力で、その愛らしさはキッチンで使う道具であることを忘れてしまうほどです。
「ペッパーミルが使われる時間はごくわずか。ほとんどの時間はキッチンの一角に置かれているわけですから、置物としても楽しんでいただける愛着の湧くデザインやフォルムを大切にしています」と話すのは、ブランドを主宰する内山 翔平(うちやま しょうへい)さんと未来(みく)さん夫妻です。
「ある時期から胡椒にハマったのですが、ミルを探してみたところ意外に選択肢が少ないと感じました。そこで自分で作ってみたらこれが楽しくて。いろいろと試しているうちにこんなに種類が増えてしまいました(笑)」と話すラインアップは図面に起こしてある型だけでも300種類、そこに30種類以上の樹種が加わります。手のひらに収まるほどの小ぶりなものからふくよかなもの、存在感のある背の高いものなど、形やサイズもさまざま。同じものでも樹種によって重さが変わり、表面の加工によってフィット感やグリップのフィーリングにも随分と違いが感じられます。
「そのうちに人気のデザインが絞れてくるだろうと思っていましたが、ありがたいことに、あればあっただけ誰かの愛着にフィットしてくださっているようです」と未来さんが続けます。
小学校の夏休みに椅子を作ったことで、その楽しかった体験を原点に木工に興味を持っていた翔平さん。木曽にある上松技術専門学校で本格的に木工を学び、伊那市の建具屋に就職しました。一方の未来さんは大工の祖父を持ち、幼い頃からものづくりがすぐそばにあったと言います。翔平さんが独立し、地元である大町市に拠点を移したタイミングで、専門学校の同期でもあり、当時神戸で椅子の張り替えの仕事に就いていた未来さんと合流し、結婚。夫婦でプロダクトブランドを立ちあげました。その名も「木工ヤマニ」。翔平さんの実家に伝わる屋号に由来しています。
削りを担当するのは翔平さん。塗装、組み立て、名付けは未来さんの担当です。ポスト、タヌキ、イワシ、ヴィーナスなどなど、ユニークなネーミングが印象的。「品番は種類が多くて覚えられそうにないので、フォルムからイメージした“あだ名”のような感覚で名付けをしています」と未来さん。「なので、僕のイメージと全く違うことも多々あります。例えば、チベット密教の仏具をモチーフにしたものは『ロケット』と名付けられていました(笑)」
三角屋根が印象的な工房は、木彫り教室として使われていた建物を利用しています。倉庫には乾燥を終え、出番を待つ木材がずらりと並んでいました。
「親方から『使えない木はない』と教えられたことが心に残っていて、樹種を絞らずにいろいろな木材に挑戦しています。いろいろな木を使うことの難しさもありますが、それぞれの特性を引き出すのが楽しいですね。引退した建材屋さんや木工作家さんから引き取ったものや、リメイクの際に余ってしまったちゃぶ台の脚から作ってみたこともあります」と、新たに伐採したものだけでなく、当てのなくなった木材の活用にも貢献しています。
「ミルには向いていないものは花器にしたり、製作の過程で出た木屑は豚を飼育している方へお譲りして豚の寝床に使ってもらっています。最後まですべて使い切り、ゴミが出ないというのも木工の好きなところ。私たちの性にも合っています」と未来さん。
要となる刃のパーツは、二人が「好みの挽き心地」と口をそろえる、プロ御用達の国産ミルメーカー「IKEDA」製のものを採用。ゴールドのつまみがペッパーミル、シルバーがソルトミルで、つまみを緩めることで挽き目の調整ができます。胡椒を入れて削ってみると、ザリッと軽快な挽き心地で、挽くたびに華やかでスパイシーな香りが立ちます。
「仕上げにミルでペッパーを振るだけで、ちゃんと料理をした気分にさせてくれます。楽しい気持ちがモチベーションに繋がると思っているので、お料理好きの方にはもちろんですが、初心者の方にもおすすめです」と未来さん。「IKEDA製を残しつつも、いつか木工ヤマニオリジナルの刃も開発したいと思っています。実の大きな胡椒に対応したり、刃の違いを楽しんでもらったりできたら」と胡椒好きならではの好奇心や探究心が生きたものづくりもブランドの魅力です。
現在、工房の新設を計画中で、2025年4月に着工し、秋頃の完成をめざします。工事のほとんどを自分たちで行い、建材の一部には翔平さんの祖父が育てた杉の木を使うというところにも、木工が好きなお二人らしさが表れています。
「建具の製作が中心だった頃はクライアントさんとのやりとりがメインでしたが、ペッパーミルを作るようになってからは、お客様と直接会話をしたり、胡椒好きの方と繋がったりと、ずいぶん交流が増えました。新しい工房ができたら、年に一度くらいはオープンファクトリーみたいなことができたらいいなと思っています」と夢は広がります。
2025年9月には銀座松屋で開催される催事に出展予定で、「一番たくさんの製品を並べる催事です。頑張らなくちゃ」と意気込みます。豊富なラインアップが勢ぞろいする貴重な機会をどうぞお見逃しなく。