命を紡いだ道具たち
と革
命を紡いだ道具たち
と革

価値観が多様化する現代において、「革製品」の在り方を探り続けるギャラリーショップ「と革(とかわ)」。その中核を成すのが「Six coup de foudre(シス クー・ド・フードル)」。狩猟によって野生の熊や鹿、猪を捕獲し、調理するジビエの皮革を活用したレザーブランドです。生き物の命を無駄にすることなく暮らしに役立てる姿勢は、サステナブルな発想という以前に、根源的な道具としての美しさを浮き彫りにします。

モノの背景について考える

浅草と上野の中間辺り、かっぱ橋本通りから一本奥まった路地に「と革」はあります。アトリエと一体となった店内には、ユニークなレザークラフトが並んでいます。「レザーブランドをやっている身として、プロダクトの裏側にある想いや革という素材の背景についてきちんと伝える場所が必要だと思ってこのお店を立ち上げました」と話すのは、店主である髙見澤 篤(たかみさわ あつし)さん。柔らかなフォルムと美しい佇まいのレザーアイテムですが、よく見ると革に穴が開いていたり、レザーが大胆にパッチワークされていたり、普通なら“キズモノ”として扱われそうです。「これはいったいなんだろう?」と、つい足を踏み入れてしまうのは、画一的な工業製品にはない独特の“圧”を放っているからかもしれません。

変わりゆく価値観

ラインナップの主軸は髙見澤さんが手掛けている「Six coup de foudre」。フランス語で「第六感、落雷」という意味ですが、「一目惚れ」と訳した方が良さそうです。

「スタイリストだった頃に自作のバッグを使っていたら、お店に置いてもらえることになったんです。当時はまだ趣味の延長でしたが、パリの展示会で一緒に並べてもらったところ、反響があって売れてしまった。さてどうしようかということで、普通は問屋へ革を仕入れに行くのですが、縁あって姫路のタンナーさんと繋がることになりました。そこで塩漬けになった原皮から僕が良いと思って選んだ革は、傷や穴のあるいわゆる“B品”ばかりでした。でも、生き物が存在していた証としての傷は悪いモノじゃない。むしろ均一ではない個性を格好良く魅せられたら、モノを選ぶ視点が変わるんじゃないか、と感じたことがブランドの核になっています。いまではモードでも積極的にナチュラルな革を使うことが増えてきて、価値観の変化を実感しています」

いのちの文脈

デザインを続けていた髙見澤さんは鹿の角を使いたいと考え、北海道の猟師を紹介してもらいます。そこで鹿の皮などが捨てられていることを知り、姫路のタンナーに1枚からでも鞣してもらえるように交渉しました。そうして仕上がってきた革は綺麗ではないけど美しかったそうです。「その鹿の革を見た瞬間に自分の死生観とシンクロしました。生き物の存在感を強烈に感じることができたんです。鹿が食べてきたものが身体をつくり、その命をまた僕たちが頂いている。生きた記録というか記憶が刻まれているように感じました」と話します。

「あるとき猟師さんが同じ山で捕れた熊の皮も送ってきてくれて、その鹿と熊は同じ山で同じ時間を過ごしていたんですよね。その感覚を自分の子供と共有したくて一緒に猟師さんのもとを訪ねました。一緒に山に入って、猟をして、それを食べて。最初は子供も怖がっていましたが、“美味しい”って言って食べるんですよ。その顔を見て、命が巡っているという当たり前のことを実感したような気がします。いまではその体験のエッセンスをプログラム化して、ワークショップやイベントも開催しています。満天の星空と同じように、明るいところでは見えないものがあるということを忘れてはいけないなと思っています」

イスラエルでも人気のがま口シリーズ「Praying Hands ココロ」

髙見澤さんのプロダクトを象徴しているのが「がま口シリーズ Praying Hands ココロ」です。財布や名刺入れ、パスポートケースなどがラインアップされています。折りたたんでいるときにふたつの口金が「コ」の形をしており、開くと「ロ」という形になることから名付けられたプロダクトで、お金や鍵など、大切なモノをしまうときには祈るように手を合わせる。その所作は、ブランドのアイコンとなっています。無駄を削ぎ落としたシンプルな造形は革の表情を際立たせるだけでなく、本当に必要なものだけを見直すライフスタイルにも繋がるようです。現在はフランスやドイツなど海外のセレクトショップからの引き合いも多く、「日本よりイスラエルでの方が有名かもしれない」と笑います。事実、首都エルサレムに次ぐ人口第二位の都市、テルアビブでは8軒のショップが扱っているというから驚きます。

レザーの器はパリのアラン・デュカスへ

レザーアイテムのなかでもひときわ異彩を放っていたのが、漆で仕上げた器。柔らかなレザーの表情がそのまま固まったような不思議な印象で、トレイにも食器にも見えます。その独特の存在感は「3年前にはパリのアラン・デュカスからのオーダーで、鹿や水牛の革を使った食器を作った」というのも頷けます。接着剤にも塗料にもなる漆は水に強く、日本では縄文時代から生活に取り入れられていました。耐久性と装飾性に優れ、独特の艶は漆器として国内外で根強い人気を誇ります。皮革も漆も古来より培われてきた技術ですが、また違う切り口で見直してみるとその可能性が実に多彩であることに気付きます。気軽に使える漆器としての魅力を再発見しました。

お茶の茶渋(タンニン)とジビエ

さらに、最近の活動としてお茶のタンニンでケモノの皮を鞣したジビエ革のプロダクトを紹介してくれました。

「数年前に熊本県の水俣市にあるお茶農家へ家族で行きました。水俣病のイメージしかなかったのですが、自然が豊かでとても綺麗な場所でした。そこのお茶がとっても美味しくて、毎年お茶摘みを手伝いに行くようになったんです。あるとき茶渋で手が真っ黒になることに気付いて、革鞣しに使えるかもしれないと思ったのがプロジェクトのはじまりです。しかも茶畑周辺は鹿や猪に畑を荒らされていて、害獣としてただ処分されているだけ。このふたつを組み合わせてその土地の命を活かせたら、またレザークラフトに新しい可能性が生まれる気がするんです」

生きることの可能性

命を美味しく頂き、美しい皮革製品を大切に使うこと。大昔の祖先が初めて毛皮を纏ったときの暖かさや、狩りで獲物が捕れたときの喜びは、いまのわたしたちとそんなに変わらないのかもしれません。「いろんな猟師さんと話していると、自給自足に近い暮らしができる彼らの自信というか、そういうものに憧れます」という髙見澤さんは、生きることの面白さや可能性を謳歌しているように感じます。今後はジビエ以外の食材を活用することでも有名なレストランとコラボレーションを企画するなど、生きとし生けるすべての皮を素材として活用していこうとする勢いは清々しいほど。「と革」には10代のカップルも訪れるそうで、彼らがなにを感じているのか聞いてみたい気もします。均一に鞣されたプロダクトの良さもあれば、生き物の個性を活かしたレザークラフトの魅力も奥深いものがある。そんな選択肢に豊かさを感じる体験でした。

と革

〒111-0036 東京都台東区松が谷2丁目29番8号 ベビーマンション105号室

店休日、営業時間、お問い合わせは、公式ホームページをご確認ください。

http://www.to-kawa.com

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