絵に潜む真実
あやしい絵展
のぞく勇気はありますか?
絵に潜む真実
あやしい絵展
のぞく勇気はありますか?

東京国立近代美術館(東京・北の丸公園)を会場とする「あやしい絵展」。「あやしい」という言葉には、神秘的で不可思議、奇怪で疑わしいといった意味だけでなく、グロテスクやエロティック、退廃的といった要素を含むので、国立の施設で開催するのには随分と勇気がいったことだろう。建前やきれいごとを旨とし、公序良俗に反することを好まない公的施設では、かなり難しいテーマだったのではないか。そこをクリアして実現に漕ぎつけたお墨付きの「あやしい絵展」。なにはさて措いても、観に行く価値はありそうだ。

なぜ「あやしい」のか

ところで、「あやしい」という表現には、どこか決定的な要素が欠けている。「あのふたりはどうも怪しい」というとき、疑わしいが、証拠には欠けている状態なのだ。つまり、あくまで「あやしい」のであり、グロテスクやエロティックそのものではない。その微妙な「あわい(間)」に、今回の展覧会は成立している。だから「あやしい」のである。「あのふたりはどうも怪しい」のと同様、芸術か醜聞か、しかとは決めかねるまま、「美しいことだけは確か」という一点で説得力をもつ。そこが、今回の展覧会の大きな特徴なのではないだろうか。

・上村松園《焰》 大正7年、東京国立博物館、東京展のみ、2週間展示
・橘小夢《安珍と清姫》 大正末頃、弥生美術館、半期展示
・藤島武二《鳳(与謝野)晶子『みだれ髪』装幀》 明治34年、明星大学、通期展示
・水島爾保布《谷崎潤一郎『人魚の嘆き・魔術師』(春陽堂、大正8年)挿絵》 大正8年、弥生美術館、半期展示

心に潜む怨恨、嫉妬、怒り

人の心は「真心に包んだ下心」といわれるが、おそらく誰の心にも欲望、怨恨、嫉妬、怒りの気持ちが潜んでいることだろう。それを理性や知性、宗教心などで押さえ込み、日常をやり過ごしているのではないか。しかし、ときとしてそうした気持ちを抑えきれず、爆発してしまうことがある。大事に至ることもあれば、小事で収まることもある。今回の「あやしい絵展」で紹介される数々の絵画の奥に、そうした心情を読み取ることもできるだろう。そして、そのあやしい美に酔い、ひそかに共感するところも多いのではないだろうか。

・ダンテ・ガブリエル・ロセッティ《マドンナ・ピエトラ》 1874年、郡山市立美術館、通期展示
・高畠華宵《『少女画報』 大正14年8月号 表紙》 大正14年、弥生美術館、半期展示

理性を失うほど一途

今回の展覧会は、西洋の絵画を含め、時代的には幕末から昭和初期にかけて制作された作品で構成されている。アールヌーボーや耽美主義的な絵画が全盛だった時代の作品である。そのせいか、どこかノスタルジックな雰囲気があり、甘美な味わいがある。生々しい心の内をそのままさらけ出すのではなく、「美に包んだ下心」とでもいうべき洗練と達意の筆の冴えが感じられる。簡単に言えば、一流の作家による名品ぞろいということになる。そこで展開されるのは、歌舞伎や浄瑠璃、小説や映画、オペラなどで繰り返し語られる「魅惑の世界」であり、人が理性を失うほど引き込まれてしまう「あやしい世界」である。

・藤島武二《婦人と朝顔》 明治37年、個人蔵、通期展示
・北野恒富《道行》大正2年頃、福富太郎コレクション、2週間展示

異世界からの来訪者

人の想像力は、ときとして、この世のものとも思われぬ存在を生む。半人半魚の「人魚」などはその典型であろう。それも必ず女性の姿をしている。妖しく美しい存在は、やはり女性の姿をしていなければならなかったのだろう。そういえば、「あやしい絵展」で紹介されている作品の大半は女性がモチーフになっている。この時代、女性は、その存在自体の中に魔性を秘めた「あやしい存在」と見られていたのかもしれない。人魚は異世界からの来訪者だったために、生々しさを感じさせなかったのだろう。異次元の世界をたぐり寄せるのは常に、人のもつ驚くべき想像力と創造力のなせる技なのである。

・甲斐庄楠音《横櫛》 大正5年頃、京都国立近代美術館、通期展示
・曾我蕭白《美人図》 江戸時代(18世紀)、奈良県立美術館、東京展のみ、2週間展示

嘘っぽい日常と夢見心地の耽美

私たちは、ファンタジーの世界に強く惹きつけられることがある。その多くは現実離れのした夢の世界であり、おどろおどろしい想像の世界である。「こんなことあり得ない」と思っても、一方で「もしかしたらあり得るかもしれない」という気持ちにさせられる。ときに、建前ときれいごとで組み立てられた日常が、急に嘘っぽく見えたりすることがある。眠りの中に登場する夢の世界こそ本物であり、真実を表しているように思えることもある。それは、事実が必ずしも真実とは限らず、小説や演劇、映画の世界にこそ真実が描かれていることを、私たちはよく知っているからではないか。会場では「あやしい」表現を読み解く「あやしい」猫がナビゲーター役を果たしてくれるという。それもまた大きな楽しみのひとつである。

・上村松園《花がたみ》大正4年、松伯美術館、半期展示
・小村雪岱《刺青【邦枝完二「お傳地獄」挿絵原画(『名作挿画全集』のための)】》 昭和10年、埼玉県立近代美術館、半期展示

あやしい絵展

会期:2021年3月23日(火)〜2021年5月16日(日)
会場:東京国立近代美術館 1階企画展ギャラリー(北の丸公園・竹橋)
〒102-8322 東京都千代田区北の丸公園3-1
開館時間:10:00〜17:00(金・土曜日は20:00まで)※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日 ただし3月29日(月)、5月3日(月・祝)は開館。5月6日(木)は休館
問合せ:Tel. 050-5541-8600(ハローダイヤル)
https://ayashiie2021.jp

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