すべてはこの高僧からはじまった
【特別展】鑑真和上と戒律のあゆみ
京都国立博物館 平成知新館
すべてはこの高僧からはじまった
【特別展】鑑真和上と戒律のあゆみ
京都国立博物館 平成知新館

紀元前450年頃、インドの釈迦によって生み出された仏教は、中国を経て、6世紀中頃に朝鮮半島経由で日本に伝えられたという。しかし、その後は奈良の東大寺を中心に「南都六宗」とよばれる宗派の林立によって仏教は低迷、その原因のひとつがしっかりした「戒律」の不在だったとされている。心配した聖武天皇は、栄叡(えいよう)と普照(ふしょう)の2名の日本僧を中国へつかわし、南山律宗の系譜を受け継ぐ高僧・鑑真和上に「戒律」を日本へ伝えるよう懇請している。

国宝 鑑真和上坐像 奈良時代(8世紀)、奈良・唐招提寺、通期展示、撮影:金井杜道
国宝 金銅舎利容器(金亀舎利塔) 平安~鎌倉時代(12~13世紀)、奈良・唐招提寺、通期展示、撮影:金井杜道
三国祖師影(部分) 平安時代 久安6年(1150)、京都・大谷大学博物館、後期展示
重要文化財 東征伝絵巻 巻二(部分) 鎌倉時代 永仁6年(1298)、奈良・唐招提寺、通期展示(巻替あり。この場面は前期展示)、撮影:金井杜道
国宝 伝獅子吼菩薩立像 奈良時代(8世紀)、奈良・唐招提寺、通期展示、撮影:金井杜道

「戒律」はなぜ重要か

仏教にとって「戒律」がなぜそれほど重要なのか。「戒」は市井の仏教徒が守るべき自律的道徳規範のことで、殺すな・盗むな・淫蕩にふけるな・嘘つくな・酒を飲むな、といったごく一般的な悪への戒めである。「律」は出家した僧侶が守るべき規範で、「戒」には罰則がないが、「律」には重い罰則規定がある。それほど重要な戒律をもたないまま、いくら「教義」について論争を重ねても前へはすすまない。戒律は、仏教徒が守るべき倫理規範であり、戒律を学ぶこと自体が「僧侶とは何か、仏教はどうあるべきか」に解をもたらす重要な教えなのである。それは当時、隆盛を誇る平安二宗(真言宗、天台宗)にとっても重要な課題だった。鑑真がほぼ10年がかりで、5度の渡海に失敗し、6度目の渡海でようやく成功(753年)したときには、すでに失明していたという。「戒律」を何としてもわが国にもたらそうという執念の強さがうかがえる。

国宝 円珍戒牒(部分) 平安時代 天長10年(833)、東京国立博物館、前期展示
重要文化財 弘法大師坐像 鎌倉時代 正中2年(1325)頃、奈良・元興寺、通期展示
重要文化財 金銅装戒体箱(元応二年五月十二日朱漆銘) 鎌倉時代 元応2年(1320)、大阪・金剛寺、後期展示、撮影:森村欣司

多くの宗派に受け入れられる

鑑真和上は、東大寺で5年を過ごしている。その間に戒壇(戒律を授ける場所)を整備し、賜った唐招提寺を拠点に、後進の指導にあたることになる。ちなみに、現在も残る「戒名」は、戒律を守ることを誓い、出家した人に授けられるもので、本来は生前に受けるもの。この「戒」を授けることを授戒といい、僧侶にとっては大事な節目となる。一方、在家仏教徒にとって、出家は簡単にできることではない。そこで、死後に戒名を授け、成仏してもらおうということで、戒名の習慣が定着したという。宗派によっては法名、法号とよぶところもある。ともあれ、鑑真がもたらした「戒律」は、最澄(天台宗)、空海(真言宗)、法然(浄土宗)、親鸞(浄土真宗)、覚盛(律宗)、道元(曹洞宗)、叡尊(真言律宗)、日蓮(日蓮宗)など、さまざまな宗派のそうそうたる高僧たちによってうけつがれ、各宗派の柱になっていく。

国宝 法然上人絵伝 巻十(部分) 鎌倉時代(14世紀)、京都・知恩院、後期展示
重要文化財 大悲菩薩(覚盛)坐像 成慶作 室町時代 奈良・唐招提寺、通期展示、撮影:金井杜道
地蔵菩薩像(壬生地蔵) 鎌倉時代(13世紀)、京都国立博物館、通期展示

戒律思想の変化

仏教が民衆救済に向き合うようになると、戒律に対する考え方やその姿勢にも変化が生じてくる。その最初の例が最澄だった。最澄は、釈迦から遠く隔たった日本では、戒律をそのまま守るのは難しいと考え、皆が守れるような最低限の規範としての大乗戒に注目、南都とは異なる立場をとるようになった。この考え方が大きな転換点となり、やがて法然、親鸞、日蓮に継承されていく。 一方、唐から密教をもたらした空海も、従来の戒律を重んじつつ、三昧耶戒(さんまやかい、密教の仏への約束)という密教独特の戒律が存在した。ともあれ、こうして鑑真がもたらした仏教の「背骨」ともいうべき戒律は、鎌倉時代の新たな仏教の台頭を経て、わが国の風土や国民性、時代の変化に合わせつつ、近世までしっかり継承されてきたのである。

国宝 興正菩薩(叡尊)坐像 善春作 鎌倉時代 弘安3年(1280)、奈良・西大寺、後期展示、撮影:森村欣司
重要文化財 『南山教義章』 巻第二十九(『華厳孔目章発悟記』巻第二十一紙背)(部分) 凝然筆 鎌倉時代 正応4年(1291)、京都国立博物館、通期展示
重要文化財 俊芿(しゅんじょう)律師像 鎌倉時代 嘉禄3年(1227)、京都・泉涌寺、通期展示
慈雲巌上坐禅像 原在中筆 江戸時代 天明3年(1783)、大阪・高貴寺、前期展示

展覧会のみどころ

今回の展覧会の最大の見どころは、国宝「鑑真和上坐像」だろう。奈良時代(8世紀))の制作で、唐招提寺が大切に所蔵してきたものである。それが、唐招提寺 御影堂の修理により、寺外での展示が可能になった。京都国立博物館での展示は1976年の「日本国宝展」以来45年ぶり。
さらに注目されるのが、明治期までの日本戒律の歴史を一堂に展示する「カリスマたちが綴ったもうひとつの日本仏教史」である。これは、日本仏教の多くの祖師たちが、鑑真のもたらした戒律に影響を受けながら、いかにして自らの宗派を確立してきたか、興味深い展示である。
現代の彫刻家の作品もご紹介したい。藪内佐斗司さん制作の「凝然国師坐像」である。これは、凝然国師歿後七百年を記念して唐招提寺が委嘱したもの。薮内さんは、東京藝術大学大学院教授。東大寺に残されていた肖像画をもとにここまで立体化している。ちなみに、平城遷都1,300年記念事業のマスコット「せんとくん」も藪内さんの作品だ。

トップビジュアル
京都国立博物館 平成知新館 夜景 撮影:北嶋俊治

凝然国師没後七百年
特別展 鑑真和上と戒律のあゆみ

会期:2021年3月27日(土)〜2021年5月16日(日)
[主な展示替え]前期/3月27日(土)〜4月18日(日)・後期/4月20日(火)〜5月16日(日)
※会期中、一部作品の展示替を行います。

会場:京都国立博物館 平成知新館
〒605-0931 京都府京都市東山区茶屋町527

開館時間:9:00~17:30
(入館は17:00まで・夜間開館は実施しません)
休館日:月曜日
※ただし5月3日(月・祝日)は開館、5月6日(木)は休館

観覧料:一般/1,800(1,600)円・大学生/1,200(1,000)円・高校生/700(500)円 他
※( )内は前売り料金。いずれも消費税込み。
※前売り券は2月1日〜3月26日までの限定発売。
※主なチケットの販売先はおって公式サイトでご案内いたします。

お問合せ:Tel. 075-525-2473(テレホンサービス)
https://ganjin2021.jp

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