鹿児島県霧島市の大自然のなかにある「天空の森」は、プライベートな滞在が魅力。東京ドーム13個分の広大な敷地に、客室はたったの5棟。自然の中ですべてを脱ぎ捨ててありのままの自分で過ごすという体験は、現代において究極の贅沢です。「リゾートとは人間性回復産業である」をモットーとする主人の田島 健夫さんは、これまでにない旅の視点を提案しています。
鹿児島県の霧島市は、日本で最初の国立公園に指定された「霧島地域」がある自然豊かな場所。南九州の東西を結ぶ交通の要衝としても栄え、鉄道や空港なども発達しました。この霧島の由来となっているのが「天孫降臨(てんそんこうりん)」。日本の建国神話で、その昔、天の浮橋から下界をのぞいた神々が、霧に煙る海に島のようなものを見つけました。一本の鉾を取り出して印を付けたのですが、その鉾を落としてしまい山の頂上に突き刺さります。その山が霧島連山の名峰「高千穂峰(たかちほのみね)」。天照大神(あまてらすおおみかみ)のお告げを受けた瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)は、三種の神器を手に7人の神様を連れ、猿田彦命(さるたひこのみこと)の道案内によって、高天原(たかまがはら)から高千穂峰に降り立ったとされています。明け方の霧煙る山並みを眺めていると、その壮大な景色に人知を超えた神秘を感じるのもうなずけます。
霧島連山を見渡す丘にある「天空の森」は、鹿児島空港から車で15分ほどの距離にあります。山を4つほど切り開いた敷地は18万坪以上というスケール。野菜やハーブが育てられている段々畑、魚も捕れる天然の川、キノコや山菜の実る山々など、自給自足も可能なほど豊かな命に恵まれた場所です。すべての客室は独立したヴィラタイプで、日帰り専用の客室「花散る里」も含めて天然の温泉が付いています。山頂付近にある「天空」は最も広く、長期滞在にもぴったり。「茜さす丘」はこのリゾートで最初に作られた客室で、露天風呂から一望できる霧島連山が見事です。どこまでも広がる山並みに心も洗われます。そして、3棟目の「霖雨の森」ではデッキのレインシャワーが自然との一体感を楽しませてくれます。いずれも室内と屋外の境界線が曖昧になっていて、壁の存在を感じさせない開放的な空間が実に贅沢。5棟目のヴィラは現在改装中で、ヘリコプターでの離発着専用の客室になるといいます。広大な敷地は「日々進化を続ける未完の楽園」と、主人の田島 健夫(たじま たてお)さんは話します。
リゾートと呼ぶには桁違いのスケール感ですが、どのような想いで誕生したのでしょうか。田島さんにお話をうかがいました。
「もともと私は山の麓にある妙見温泉の湯治の息子として生まれ育ちました。銀行員を経て、茅葺屋根の温泉宿『忘れの里 雅叙苑』を作ったのですが、それが一段落したときに、今度は誰も見たことのないリゾートを作ろうと思いました。銀行員時代に車で通りかかって“綺麗な山だな”と思ったこの場所を舞台に、1995年頃から7〜8年かけて山を切り開き、雑木を払って藪を取りのぞいていったのです。振り返ると途方もない作業でしたが、近道はないと覚悟を決めて楽しみながらやってきましたね。高台から敷地を眺めては10年後、20年後の山の景色を想像しながら樹を植え、畑を作り、小屋を建てていったのです。私が掲げている“人間性回復産業”とは、自然と触れることで人間が「ヒト」であることを実感できるための舞台作り。森の空気をゆっくりと吸って、肩書きなどを外した素の自分で過ごしていただけたらうれしいです」
今回宿泊した「茜さす丘」は、寝室とリビングが分かれた分棟タイプの客室。バスローブやミネラルウォーターなど、アメニティの上に一片の葉が置かれているのですが、これは整えたあとに誰も触れていないというサイン。人の気配は感じさせずに、さりげなく心を配るというのが田島流のもてなしのようです。広々とした庭は芝生が丁寧に手入れされ、奥には掛け流しの温泉が滔々と湧き出ています。ひょうたん型の浴槽は半分が浅くなっており、夜空を見上げながら寝湯も楽しめるようになっていました。明け方に目が覚めたので、静かな湯船で温まっていると、朝日とともに段々畑が姿を現します。展望デッキに立って全身で朝日を浴びると、得も言われぬ開放感に不思議な力が漲ってくるようです。敷地の多くを自然が占めている理由について「自然と交わってこそ、自分という人間の本質がわかるのだと思います。人には自然が必要なのではないでしょうか」という田島さんの言葉を実感します。
食事はその日に採れた大地の恵みを、その日のうちに頂きます。自家菜園で獲れる30種類以上の素材を中心に、近隣の畜産や近海の魚介類を調理するのが二人のシェフ。山口県出身の西村 公一(にしむら ともかず/左)さんは、「鹿児島に来て、初めてこの土地の食の魅力を知りました。自分が感動したのと同じように、鹿児島の魅力をお客様に伝えたいです」と、和を取り入れたフレンチで旬の魅力を切り取ります。鹿児島出身の鮫島 慶人(さめしま よしと/右)さんは、イタリア仕込みのローカルキュイジーヌが得意。「実家の小料理屋も手伝っていたので、料理には和食や中華も取り入れています。鹿児島は錦江湾の魚貝、鯉や鮎などの淡水魚、『4%の奇跡』などの和牛に『サドルバック』という希少な豚肉など、全国に誇れるおいしい食材がたくさんあります。この土地で育った滋味溢れる野菜と一緒に、楽しい食卓を提供したいと思います」と、笑顔をのぞかせます。また、希望するゲストにはランチボックスを用意したり、敷地内に流れる天降川の支流にテーブルを広げて朝食を用意するなど、楽しみ方はゲスト次第。滞在の前から色々とアイデアが湧いてきます。
今回の取材で特に印象的だったのは、ヘリコプターの遊覧体験です。これは田島さん念願の「3D観光」を体現したもので、地域を立体的に紹介するための取り組みです。
「昔から、自分の生まれ育った場所を鳥の目線で見てみたいと思っていたんです。それで天空の森には最初からヘリポートを用意していました。いままでは飛行機や新幹線など、目的地までいかに早く到着できるかが大切にされてきました。忙しい時代には、旅にも効率が求められていたのだと思います。しかしこれからは、ヘリやクルーザーなど移動そのものが旅の体験になるような密度の高い観光もおもしろいのではないでしょうか。ヘリコプターは大地との距離感が絶妙です。とくに南九州は空から眺めると、豊かな風土を実感することができます。火山などを間近で見ると、地球のダイナミズムを実感していただけたのではないでしょうか」
天空の森には世界中のセレブリティが訪れています。彼らがなぜこの場所を選ぶのか、その理由を田島さんに尋ねると「わからない」と笑いました。ただ、「そういう方々は、人生の “いま”というシズル感のようなものを求めてここに来ているのではないか」と続けます。季節によって移ろう自然に浸れる空間や、孤独を感じるほどの静寂の中に佇んでいると、安らぎを超えた心地よさを感じます。多忙な身にとって、素の自分で過ごせる場所は究極のリゾートといえるかもしれません。静寂こそ最大の贅沢だと考える田島さんは、客室の稼働を6割程度に抑えるように努めているといいます。これは宿泊ビジネスとしては異例の発想ですが、「静かな環境を資源にプライベートな空間を売るなら、稼働率や効率を優先したら矛盾する」と、ゲストへの姿勢は一貫しています。費用対効果だけで無く、幸せの最大値を求める。そんな旅をしてみたい方に、お勧めしたいリゾートです。
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