PT Column No. 8

シェリー酒

2021.05.21

スペインの南、アンダルシア地方は、フラメンコと闘牛で知られる。そこにシェリー酒で有名なヘレス(Jeres de la Frontera)がある。ここのヘレス・サーキットでBMWがディーゼル車の性能がいかに優れているか、新製品のお披露目をしたことがある。

女性のレーシングドライバーが操るのは、ラリー仕様のディーゼル車。恐る恐る助手席に乗せてもらう。ヘルメットを車体のフックに結びつけ、シートベルトでがっちり上体を締め付けていざスタート。時速300km近い猛烈なスピードでサーキットを駆け抜ける。S字の急なコーナリングにさしかかるたびに急激にG(Gravity 重力加速度)がかかり、ヘルメットが勢いよく引っ張られる。ディーゼル車は、トルクはあるが遅いというイメージが一瞬のうちに吹き飛んだ。

午前中のプログラムを終えて、ランチは近くの闘牛士のお宅へ移動。王、長嶋クラスの一流の闘牛士だという。広々とした玄関にはピカピカに磨かれた鞍などの馬具がいくつも壁に掛けられている。聞けば、すべてパリのエルメス製だという。ヨーロッパのランチは2時間ぐらいかかるのが普通なので、食事もそこそこ、そっと抜けだして邸宅のスタッフに庭内を案内してもらう。

広大な敷地には馬の訓練場や闘牛の練習場などがあり、なだらかな芝の斜面を囲んで深々とした森がある。邸宅の近くに小さなチャペルがあるのが目についた。個人のチャペルだという。闘牛士は常に命懸けなので、祈りの場は必須なのだろう。地下に続く急な階段を降りて驚いた。そこには直径2mはあろうかという巨大なオーク樽が3段に重ねられ、シェリー酒が静かに眠っていたのである。現在ではまず見られない特大のシェリー樽だ。

シェリーワインは、酒精強化ワインの一つで、アルコール度数を強めるために熟成の際、ブランデーなどが添加されている。強いものだと18度以上にもなる。その際、熟成のどの段階で添加するかで辛口になったり甘口になったりする。シェリー酒の味わいが多様なのは、ワイナリーによって熟成方法が異なるからだ。

樽が3段重ねになっているのは、シェリー酒最大の特徴「ソレラシステム」による熟成のためである。それは、古いワインを一番下の樽に入れ、そこからボトリングした分だけ二番目の樽から下の樽へワインを移し、同じ量の新しいワインを一番上の樽に入れる「多年度熟成」と呼ばれるもの。新しいワインは3年は熟成させるので、ブレンドされているうちに一定の味わいを保つことができるようになる。シェリー酒にヴィンテージの表示がないのは、こうした独特の熟成方法による。

シェリー酒は、ブルゴーニュやシャンパーニュ同様、立派なワインであるにもかかわらず、わが国ではなぜかシェリーワインとは呼ばれず、”シェリー酒”と呼ばれる。それは、この独特の醸造方法によるせいかもしれない。闘牛士のお宅では、このソレラシステムを自宅でやってのけるのだから驚く。古い樽には1865などの表示があり、19世紀から続けられていることがわかる。この国では「シェリー酒の魅力に取り憑かれるとひと財産失う」と言われているが、ここには数億円のシェリー酒が眠っているという。

午後のプログラムは、BMWのディーゼル車でヘレスの街を自由に走れることになっていたので早速、地元だけで飲まれているローカルなシェリー酒を求めて走り回った。しかし、ついに見つけることはできなかった。彼らはどうも小分けにした樽から直接、とっておきのシェリー酒をいただいているようだ。

文章:飯田徹 イラスト:石川理沙(500ml)