PT Column 2020.11.15

井上陽水でドライブ

Column No. 2

長距離ドライブに井上陽水のCDは欠かせない。彼のCDが何枚かあれば、東京から車で岩手、金沢、京都、室戸……何処へでも行ける。16枚組、全189曲を納めたボックス入りCDでも載せていれば、1週間は旅ができそうだ。

井上陽水の作品にはどれひとつとして似た曲がなく、スピード感に溢れ、アレンジが新鮮で、バックバンドの技量の高さは群を抜いている。伸びのある陽水の声質と、限界を感じさせない自由奔放な作曲の妙は、天賦の才としかいいようがない。静かなバラードでさえ確かなリズムを刻んでおり、つい前のめりになる。

特に雪道を走るとき、陽水の歌はもう一つのエンジンのようになる。サラサラの雪面をスタッドレスのタイヤが音も立てずに噛むと、車内はほとんど無音。そこに陽水の音楽が流れると、風に乗って走っているような軽やかな感じになる。

「とまどうペリカン」「愛されてばかりいると」「リバーサイド・ホテル」「ダンスはうまく踊れない」「飾りじゃないのよ涙は」「ワインレッドの心」「ライバル」……何度聴いても飽きることがない。この30年間、東京と信州・信濃町の間を通い続けているが、陽水でドライブするとあっという間に時間が経ってしまう。

井上陽水は1948年8月30日生まれで、同じ団塊の世代。歯医者さんのひとり息子で、歯科大学を受けて3浪、ついに諦めてシンガー・ソングライターになったそうだ。本人は必死だっただろうが、こちらとしては誠に身勝手ながら、歯医者さんにならなくてよかったと感謝したくなる。アンドレ・カンドレの名でデビューした当時はなかなか売れず、一時、活動を休止したこともあるが、これも、活動を再開してくれたことを心からありがたく思う。

以来、「傘がない」「夢の中へ」「心もよう」「氷の世界」などのヒットを連発、すっかりメジャーな存在になったのはご存知の通り。困ったのは、この4月から5月にかけての外出自粛要請。どこにも出かけられないので、歌詞カードを見ながら書斎で陽水を聴くことにしたが、やたらと歌詞が引っかかる。「誰も知らない夜明けが明けた時……」(リバーサイド・ホテル)って、どんな時?「部屋のドアは金属のメタルで……」(同)ん、同じでは? 「窓の外にはリンゴ売り……」(氷の世界)って、見たことないけど、どんな人?

陽水を聴きながら車を走らせているときは全く気にならなかった歌詞が、じっくり読んでみると相当にシュールな世界を表現していることがわかる。いや、何を表現しているのか、よくわからないことがわかる。言葉を超えた言葉、現実を超えたイメージが、魅惑的な音に乗って点滅する、白い白馬のめくるめくさまよう世界……。陽水はやはり車で疾走しながら聴くことにしよう。

文章:飯田徹 イラスト:石川理沙(500ml)