PT Column 2021.02.15

オカバンゴ

Column No. 5

ボツワナ共和国は、南アフリカ共和国の北側に接する内陸国で、国土は日本の約1.5倍。人口約230万人(2019年)で日本の約50分の1。世界最大級の巨大なダイヤモンド鉱山があることで知られ、1982年の採掘開始以来、国の輸出の8割を占めるまでになっている。このおかげで、ボツワナは見違えるほど豊かになった。

そのボツワナの北部にオカバンゴ湿地帯がある。2014年に「オカバンゴ・デルタ(Okavango Delta)」として世界自然遺産に登録されたもので、その広さは四国ほどにもなる。アンゴラとナミビアに大量に降った雨(現地の1月ごろ。季節は夏で雨季)が、約1,000kmの道のりを内陸に向かってゆっくり流れ下り、3カ月かけてオカバンゴに到着する。そうして、5月から8月(オカバンゴは冬で乾季)までの約4カ月にわたって、広大なエリアを水びたしにするのである。

南アのヨハネスブルクで4人乗りの小型機に乗り換え、現地のサファリロッジへ。80年代当時、ロッジはベニス・シンプロン・オリエントエクスプレスのホテル部門が運営しており、至れり尽くせりのサファリツアーだった。草原での豪華な2時間ランチや、夕食後の焚き火バー。客室には夜食用のフィンガーサンドが届けられ、ベッドには毛皮で包まれたドイツ製の湯たんぽが入れられるという贅沢さ。3カ所のロッジを巡ったが、いずれもごく少人数の滞在客を対象とした紳士的な対応で、ヨーロッパの富裕層の旅のスタイルを垣間見た気がした。

ランドローバーで巡る草原のサファリツアーは圧巻だった。オカバンゴの水を求めて象や水牛、チータ、キリン、シマウマ、カバ、ライオン、バブー ン(ヒヒ)、リーチュエ(中型のアンテロープ)、サイなど、おびただしい数と種類の野生動物が次々に現れる。初めて野生の象にお目にかかったときはすっかり興奮してしまい、1頭の象に貴重な36枚撮りフィルム10本以上を費やした。ところが、その後、次々に象の群れがやってきてガックリ。聞けばこの時期、オカバンゴには世界最大規模の象が集まるという。

平底のカヌーで湿地帯を巡る水上ツアーも素晴らしかった。長い竿を器用に操る漕ぎ手はガイドを兼ねていて、この水がどこから来てどこへ消えていくのか、その後、動物たちはどうなるのか、ていねいに説明してくれる。湿地帯の上を乱舞する鳥は500種類にもおよび、オカバンゴの湿地には餌となる小魚が豊富で、狂喜乱舞しているように見える。ガイドによると、シマウマは人間の肩に噛みつくのでとても飼えないとか、カバは走るのが意外に速くて、アフリカで動物による人の死亡事故で最も多いのはカバとの遭遇だとか、多くのことを教えてくれた。ただ「カバがカヌーをひっくり返す事故も多くてね……」などとつぶやくものだから、カミさんはすっかりうろたえてしまい、水の中ばかりのぞいていた。

オカバンゴで最も印象に残ったのは「静か」なこと。朝も昼も夜も実に静か。ときどき、凶暴なことで知られるバブーンの群れが走り去るときは雄叫びを上げていくが、通り過ぎるとまた静寂に包まれる。真の闇と静寂は宇宙との一体感を感じさせて、とても神秘的だった。

アフリカが「寒い」ことも意外だった。アフリカは赤道直下のイメージが強いが、ボツワナは南緯18〜27度にあり、しかも、オカバンゴは標高1,000メートル。6月〜8月は冬で乾季。日中こそ晴天が続いて凌ぎやすいものの、夜は氷点下になることもある。オカバンゴはダウンのコートを必要とするほど寒かった。

もう一つ、匂いがしないことも不思議だった。動物の死骸や排泄物などは腐敗する間もなく他の動物に食べ尽くされたり乾燥してしまうようで、野生の領域は意外に清潔な環境が保たれている。アフリカの自然の仕組みは、腐敗を生じさせないようにできているようだった。

その後、何度かアフリカを訪れ、南アにある驚天動地のリゾート、サンシティの「パレス・オブ・ザ・ロスト・シティ」をはじめ、ケープタウンやヴィクトリアの滝など、見るべきものは見たつもりだが、「ブルートレイン」には乗り損なった。これは負け惜しみで言うのだが、旅には「この次」を残しておくほうが希望を持てていい。

文章:飯田徹 イラスト:石川理沙(500ml)